お薦めシネマ
害虫
2002年4月
- 監督:塩田明彦
- 脚本:清野弥生
- 音楽:ナンバーガール
- 出演:宮崎あおい、田辺誠一、蒼井優、沢木哲、
石川浩司、りょう、天宮良
2002年 日本映画 92分
- 2001年ヴェネツィア国際映画祭「現代映画部門」正式出品作品
- 2001年仏・ナント三大陸映画祭コンペティション部門審査員特別賞、主演女優賞受賞
「え~、どうなってしまうの……」不安な余韻を残した終わり方だったので、重いものが残りました。そして、この映画を「シスターのお薦めシネマ」に書くにあたり、いったい何を書いたらいいのか、途方に暮れてしまいました。「何も書けない」つまり、いろいろと言葉を重ねても、そんな常套句では片づけられないものを、この映画は提示しているからなのでしょう。
中学生の事件に対して、私たちは勝手にいろいろなことを言って分析をします。それは、中学生の問題に限ったことではありません。大人であっても、子どもであっても、人が何か事件を起こしたときや話題になったとき、私たちは無責任にいろいろなことを言い、なぜ事件が起きたか分析し、その人を批判し、または同情し、それで分かったようなつもりになります。しかし、それがいかに間違っていることかを、突きつけられているように感じました。
物語
主人公は、13歳の中学生サチ子(宮崎あおい)。小学6年のとき、担任だった教師の緒方(田辺誠一)と恋をして、うわさになった。緒方は教師を辞めて遠くに離れたが、手紙のやり取りをしている。この二人の手紙が、物語の背景として流れる。サチ子は、緒方に思っていることをつづっている。
サチ子は母子家庭。若い母親(りょう)が、手首を切って自殺をはかった。サチ子は、そんな母親をじっと見つめる。
自殺未遂の後、母親がつきあいはじめた男性(天宮良)が、家に来るようになる。少し元気になった母親。ある日、母親の留守中に家に来たその男性からいたずらをされるが、訪ねてきたクラスメートの夏子(蒼井優)によって助けられる。その事件を知り失望する母親。その姿を見つめるサチ子。
自殺未遂の母親を持ち、男性に犯されようとしたサチ子を、夏子はかわいそうだと思う。他の生徒がサチ子を悪く言っても、夏子はサチ子をかばう。学校に来ないサチ子が、再び学校に来るようにと、サチ子の家を訪問し続ける。合唱コンクールでのピアノ伴奏者に、サチ子を推薦したりして、クラスにとけ込めるように心を遣ったり、冷たい目でサチ子を見つめる生徒たちの前を通るとき、サチ子の手をぎゅっと握りしめて、力になろうとしている。
家や学校ではムッツリしているサチ子だが、万引きで生活している若者(沢木哲)や、その友達の路上生活者のキュウゾウ(石川浩司)と過ごすときだけが、素直な自分になれるときだった。彼らの前では、笑顔が出る。しかし、若者は殺されてしまった。
ある日、キュウゾウとサチ子は、ガソリンを盗み火炎瓶を作る。夜になり、サチ子は土手の上に行って火炎瓶に火をつける。キュウゾウは、ある家をめがけて火炎瓶を投げる。何本もの火炎瓶を投げられて燃え上がっていく家。その炎を見て、サチ子は自分のしていることの恐ろしさに後ずさりする。燃えている家は、夏子の家だった。
サチ子は、ヒッチハイクをしながら雪国に住む緒方のもとへ行く。待ち合わせの喫茶店に、緒方はなかなか来ない。待ち続けるサチ子に、若い男が声をかける。「家出をして来たのなら、お金が必要でしょう。いっしょに来ないか。」
サチ子は、その男の車に乗って駐車場を出る。入れ替わりに、緒方の車が入ってくる。喫茶店に飛び込んでいく緒方の後ろ姿をみながら、サチ子は車を止めようとはしない。
言葉や映像などによる余計な説明はいっさいせず、最低限必要なシーンと、カットだけを並べていきます。サチ子も、ほとんど語りません。出来事だけを淡々と描いていく手法が、さらに、見る者に問いかけてくるのかもしれません。 大人の視点から思春期を描くのではなく、子どもから大人へと変わっていく思春期にいる女の子の心の視点で描いているようです。
どんどん、どんどん、学校や日常生活から離れていってしまうサチ子。しかし、サチ子について、いったい何が言えるでしょう。
一生懸命サチ子のことを心にかけてくれる夏子は、心が優しく積極的で明るい女の子です。再び学校に来ることができるようにと、積極的にサチ子のために行動します。サチ子は、夏子といるとき、夏子に対して何も言いません。されるがままにしています。サチ子の中には、さまざまな思いが渦巻いているでしょうけれど、一切顔に出しません。しかし、夏子の心の中にある「サチ子がかわいそう」という動機を、サチ子は読みとっているのかもしれません。
火炎瓶を投げる先が画面に映され、それが夏子の家とわかったとき、東野圭吾の『悪意』を思い出しました。サチ子と夏子の関係が、『悪意』の野々村と日高の関係によく似ていたからです。やはり、そういうことって、人間にはあるんだ……と思いました。おっと、これもこちらの勝手な決めつけです。