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お薦めシネマ
ワンス&フォーエバー
2002年6月
WE WERE SOLDIERS
- 監督:ランダル・ウォレス
- 原作:ハロルド・G・ムーア&ジョー・ギャロウェイ (『We were Soldiers Once ...and Young』角川文庫刊>)
- 音楽:ニック・グレニー・スミス
- 出演:メル・ギブソン、バリー・ペッパー、グレッグ・キニア、 マンデリーン・ストウ、ドン・ズオン
2002年 アメリカ映画 2時間18分
「7月4日に生まれて」「プラトーン」「天と地」「キリングフィールド」などなど、今まで、数々のベトナム戦争を描いた映画がありました。どの映画も、辛く、戦争の悲惨さ、空しさを感じさせる映画です。そして、また、新しいベトナム戦争の映画ができました。しかし、この作品は、今までの映画とちょっと違っています。激しい戦いの中で、戦地にいる夫と妻子の愛、部隊長の部下に対する愛、兵士同士の愛、さらに、敵であるベトナム兵とその妻への愛。「ワンス&フォーエバー」は、人間の暖かい愛を描いた映画です。
舞台は、アメリカが、長い泥沼のベトナム戦争へと入っていくきっかけなった、3日間の厳しい戦闘の地、ベトナムのイア・ドラン谷。この戦闘で指揮をとったハロルド・G・ムーア中佐と、この戦いをカメラにおさめるために戦地に入ったUPIの戦地特派員ジョー・ギャロウェイが書いたこの戦いの記録『We were Soldiers Once....and Young』を、ランダル・ウォレス監督が、10年間温め、私財を投じて映画化しました。
物語
1964年、ジョージア州フォート・ベニングにある米陸軍基地に、ムーア中佐(メル・ギブソン)がやってきました。ムーア率いる第七航空騎兵隊が、ジャングルと山地に囲まれたベトナムでの高地にヘリコプターで降り立つという作戦の命を受けたのです。ムーアは、今まで共に戦ってきたプラムリー軍長と共に、ベトコン相手のあらゆる戦闘を想定して、隊員たちと訓練を繰り返し戦闘の準備をします。この戦いで、はじめてヘリ部隊が投入されることになり、第七航空騎兵隊は、真っ先にベトナムへと向かうことになりました。
ムーアは、この戦いが非常に厳しいものになることを知っていました。アメリアより以前、1945年にフランス軍はベトナム軍との激しい戦い「インドシナ戦争」で、惨敗しています。このときのフランス軍兵士の悲惨な姿の写真をじっと見つめるムーア。自分たちも苦戦を強いられることが分かっていました。ムーアは自分を、第七騎兵隊の英雄カスター将軍と重ねます。「負けとわかった戦いの中で、カスター将軍はどう指揮を執ったのか……。」
家族が見守る出兵式典の中で、ムーアは兵士たちに約束します。
「私は君たち全員を生きて連れ帰ると約束することはできない。しかし、これだけは誓う。戦場において、私は戦場に踏み出す最初の者となり、戦場を退く最後の者となろう。一人として置き去りにはしない。命があろうとなかろうと、我々は全員そろって家路につく。」
「戦場では、宗教や人種の違いを越えて、信頼できるのは仲間だけだ。」
1965年11月14日、米軍キャンプに奇襲をかけた北ベトナム軍と戦うため、ムーアと第七航空騎兵隊は、ヘリに運ばれイア・ドランの谷に降り立ちました。ムーアの送り出した偵察隊は、北ベトナム軍のアン中佐(ドン・ズオン)の作戦で、敵の懐へと入り込んでしまい、最前線で孤立してしまいます。ベトナム軍兵士のすごい数の攻撃に、米軍兵士たちは次々に倒れていきます。ムーアたちは、ヘリの着陸地点(Xレイ)に釘付けになり、一歩も動けません。
増援部隊をヘリで運び、負傷者を積んで帰るヘリのパイロットも恐れをなし、飛ぼうとしません。勇敢にもソグラドール少佐(グレッグ・キニア)だけが、弾丸の中を離着陸します。ソグラドール少佐が操縦する最後のヘリで、UPIの戦地特派員ジョー・ギャロウェイ(バリー・ペッパー)がやってきました。しかし、厳しい戦闘の中では、ギャロウェイもカメラをライフルに持ち替えて、自分の身を守るしかありませんでした。
フォート・ベニングの宿舎には、戦死した兵士たちの訃報を知らせる電報が、黄色いタクシーで、事務的に配達されていました。ムーアの妻ジュリー(マンデリーン・ストウ)は、自分が電報を持って、一件一件尋ねることにします。この辛い仕事を、最後までやり抜こうと誓うのでした。
一夜をどうにか持ちこたえましたが、ムーアはとうとう「ブロークン・アロー」のサインを送ります。2機の戦闘機が、ベトナム兵の潜む森にナパーム弾を投下します。自分の持っている武器の恐ろしさを知ったギャロウェイは、再びカメラを持ち、傷ついた兵士や戦う兵士たちの生の姿をカメラにおさめていきました。
ムーアは約束を果たすため、行方不明の2人の遺体を収容しに、敵弾の中を走ります。敵の作戦を見抜いた接近戦でムーアたちが勝ち、厳しい3日間の戦いは終わりました。双方とも、おびただしい数の死傷者が出ました。しかし、この戦いが終わりではありませんでした。この日からアメリカは、長いベトナム戦争に突入して行ったのです。
負傷した兵士が帰国しても、誰も迎える者はいません。本国には、戦争と関係のない平和な日常がありました。
ムーアの祈る姿が印象的です。彼は、部下を大切にし、若い兵士を力づけ、最後まで、生きる望みを失いません。ベトナム兵の遺品の中にあった日記を、悲しみに沈むその妻に送ります。そこには、敵も味方もありません。命令によって戦い、命を落とした同じ兵士としての思いがありました。
負けるだろう苦しい犠牲を要求される戦いであっても、出発しなければならいのでしょうか。何のための戦いだったのか。兵士たちは、上官の命令に従うしかありません。ベトナムに向けて出発する朝、寝ている子どもたちに別れのキスをして、まだ夜が明けないキャンプに集まる兵士たちの姿に、いいようのない切なさを感じます。尊い命が、無駄に死んでいったように思われます。
原作者の一人、ムーア中佐は次のように言っています。
産まれながらの兵士など、だれもいない。
皆、だれかの父親であり、兄弟であり、恋人であった。
命の奪い合いを要求される戦場で、その愛なくして、
だれが、敵に対して一歩を踏み出すことができたろう。
しかし、その敵も同じ人間であり、
“戦場だけの敵”だったことを忘れはしない。永遠に。
愛を貫いたムーア中佐と、カメラマンでありながら戦闘に参加したギャロウェイの思いを、是非ご覧ください。