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お薦めシネマ
イン・ディス・ワールド
2003年11月
IN THIS WORLD
- 監督:マイケル・ウィンターボトム
- 音楽:ダリオ・マリアネッリ
- 出演:ジャマール・ウディン・トラビ、エナヤトューラ・ジュマディン
2002年 イギリス映画 1時間29分
- 2003年ベルリン国際映画祭金熊賞、エキュメニック賞、ピースフィルム賞受賞
パキスタンにある、ペシャワールの難民キャンプ。この地域には、約100万人の難民が住んでいるという。15歳のジャマール(ジャマール・ウディン・トラビ)は、この難民キャンプで生まれ育った孤児。レンガ工場で、一日1ドルで働いている。従兄弟のエナヤット(エナヤトューラ・ジュマディン)は、街にある家電販売店で父を助けて働いている。
エナヤットの父親は、息子の将来を考えて、親戚のいるロンドンに行かせることにした。しかし英語が話せないので、英語のできるジャマールが同行することになった。難民キャンプの中では、将来への希望を見いだせないでいるが、外の世界には、希望にあふれた未来があるように思えた。ジャマールは、生き生きした未来を描きたかった。
エナヤットの父親は、息子のために大金を用意し、それは他の男の手に渡された。それをきっかけに、次から次へと、闇のルートの扉が開かれていく。夜行バスに乗ったジャマールの手には、身分証明書と電話番号を書いた紙切れがあった。
闇の手は、次から次へと新しい地点へ2人を運んでいった。トラックの荷台に送り込まれ、また次のトラックへ。検問所で止められると、ジャマールは、エナヤットが餞別としてもらった大切なウォークマンを係の男性に差し出し、通してもらった。
イランの国境では、目立たないようにと、帽子と長い服装から、普通の格好に着替える。バスでテヘランに向かおうとするが、検問所での「アフガニスタン人か?」という問いを否定できず、バスを降ろされて、パキスタンの国境まで戻される。
2人は、再び挑戦する。トラックの荷台に積まれたオレンジを入れた箱の陰に身をひそめたり、トルコとの国境では、雪の中の銃撃戦をくぐり抜けたりする。イスタンブールからは、赤子を抱えた若い夫婦と一緒に、コンテナの中にいれられた。コンテナは船に積まれ、ここからイタリアのトリエステまでの40時間ちかい航海がはじまった。
真っ暗なコンテナの中は、暑く、息苦しく、次第に酸欠状態となっていく。ジャマールは、息苦しさにドンドンとドアをたたくが、だれの耳にも届くはずはない。一緒にコンテナに乗った、赤子を抱える若夫婦の声が聞こえなくなる。エナヤットも、身を横たえた。やがて、ジャマールの意識も遠くなっていく。
日本でも、船でやってきた中国の密航者が見つかって捕らえられて、強制送還されたというニュースを聞きましたが、「難民」とか「密航」について、あまりピンと来ていませんでした。同じ人間としての「生(せい)」を受けながら、ジャマールたちの、希望がない未来しか描けないということがどういう状態なのか、想像できません。
夢がなくても、家族と一緒に貧しいキャンプという世界で生きていたほうが幸せなのか、文化、価値観、宗教が違う社会のにわずかな希望を求めて、孤独な大都会で生きていったほうが幸せなのか……。わからない問題です。
世界中のどんな子どもにも、明るい未来を生きる権利があります。子どもでありながら、生活のために大人のような厳しい顔だちに変わっていくジャマールを見ながら、もっと真剣に考えなくてはいけない問題だと痛感しました。
この映画の最大の事件は、撮影が終わった後にやってきました。主人公ジャマールを演じたジャマール・ウディン・トラビは、いったんは撮影を終えパキスタンに戻ったのですが、撮影のために取得したビザと出演料を持って、再びでロンドンに渡り、難民申請を出したというのです。残念ながら、申請は却下されましたが、特別に18歳の誕生日前に去ることを条件に、入国を許されました。映画に出演した結果、ジャマール自身が新しい世界に挑戦したのです。映画の世界が、まさに現実のものとなりました。撮影をとおして見た難民キャンプの外の世界で、ジャマールは何を見、何を感じたのでしょうか?