お薦めシネマ
隠し剣鬼の爪
2004年11月
- 監督:山田洋次
- 原作:藤沢周平「隠し剣鬼の爪」「雪あかり」
- 脚本:山田洋次、朝間義隆
- 出演:永瀬正敏、松たか子、吉岡秀隆、小澤征悦、
田畑智子、高島礼子、緒方拳、田中泯 - 音楽:冨田勲
2004年 日本映画 2時間11分
「たそがれ清兵衛」で、日本アカデミー賞15部門の獲得をはじめ数多くの映画賞を受賞し、第76回米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるという快挙を成し遂げた山田洋次監督が、藤沢周平の世界をさらに深めた作品「隠し剣鬼の爪」を製作しました。山田監督は、「『たそがれ清兵衛』を撮影したとき、藤沢周平という時代劇の豊かな鉱脈を掘り当てたような手応えを感じていた。ひたすらつつましく大声を出すこともなく、身の丈にあった暮らしをした侍たちを描きたい」と語っています。近代化のきざしが見える幕末という時代に、自らの信念を貫いた片桐宗蔵という雪国の貧しい侍を主人公にした藤沢作品第2弾が完成しました。
物語
幕末、東北の海坂藩の侍・片桐宗蔵(永瀬正敏)と親友の左門(吉岡秀隆)は、狭間弥市郎(小澤征悦)を見送りに、舟の渡し場へ来ていた。狭間は、妻・桂(高島礼子)を残し、ある野心を持って江戸へと旅立っていった。宗蔵は、狭間の行いに強い不安を感じていた。
宗蔵の父は、身に覚えのない不正帳簿の罪を着せられ切腹した。禄高を減らされ、大きな屋敷も手放した宗蔵は、母と妹・志乃(田畑智子)とともに、つつましく暮らしていた。志乃は、女中のきえ(松たか子)に家事を教わりながら、左門に嫁ぐ日を待っていた。藩では、江戸から鉄砲の教官を招き、高価な鉄砲や大砲を買い、藩士たちが西洋戦術を学びはじめていた。宗蔵も、仲間の藩士たちと、カタカナのことばに戸惑いながら、大砲の訓練をしていた。
志乃が左門に嫁ぎ、きえも大きな油問屋に嫁いだ。母も亡くなって宗蔵は寂しく暮らしていた。ある雪の降る日、宗蔵は雑貨屋にいるきえをみかける。きえはさびしそうにやつれていた。「幸せに暮らしているか?」と問う宗蔵のことばに、きえは大粒の涙をこぼすだけだった。
しばらくして宗蔵は、きえが働きすぎて病気になり寝込んでいることを志乃から聞く。左門を連れて油問屋に乗り込んだ宗蔵は、暗く寒い板の間に寝かされているきえを見つける。宗蔵は「母が行儀作法を教え、手塩にかけて育てたきえを、こき使ってこのような身体にした」と油問屋の女将にどなり、きえを背負って家につれ帰る。
きえの妹が見舞いにやってきた。志乃や妹の助けを得ながら、きえは次第に身体を回復していく。ある夜、妹が尋ねる。「ねえちゃんは、だんなさんの嫁になるのか?」きえは「身分が違うから、嫁になることはない」と答える。しかし「身分って何?」と問う妹に、きえは答えることができなかった。
宗蔵のわびしい暮らしが、きえによってふたたび明るくなる。きえは女中として、いつまでも宗蔵の世話をしていこうと決心するが、きえとのうわさがたち、このままの生活を続けていくことはできないと考えた宗蔵は、主人の命令だと納得させ、きえを里に帰す。
西洋戦術の訓練も次第に大規模になっていったある日、宗蔵は、狭間が謀反を起こして捕らわれの身となり、かごに入れられて故郷に戻されることを聞く。家老(緒方拳)から呼び出された宗蔵は、かつて、藩の剣術指南役の戸田寛斎(田中泯)の同じ門下生であり、また友であった狭間のことを話すようにと促される。宗蔵は「密告は侍にあるまじき行為」と断る。
「たそがれ清兵衛」のときも、剣豪同士の対決シーンはハラハラと手に汗にぎる時間でしたが、今回も見終わった後、「フ~~~」と思わずため息がこぼれ、「疲れた~!」と言ってしまいました。「隠し剣鬼の爪」の世界に入りこんでしまったのです。しかし、それは親友との果たし合いのシーンのためだけではありません。嫁ぎ先で苦労したきえの辛さであり、宗蔵が秘剣として伝授された「隠し剣鬼の爪」を使う場面の迫力であり、狭間弥市郎の妻・桂の無念であり、宗蔵ときえのこれからの歩みを思ったからかもしれません。
その反面、永瀬正敏、松たか子、吉岡秀隆、小澤征悦、田畑智子と、今、映画、舞台、テレビドラマで活躍している若手の実力ある俳優たちが主要な役柄を演じていて、とてもさわかな感じを受けました。
時代が大きく変わろうとしている中で、自分の生き方を見つめている宗蔵の思索は、物欲による不正がはびこり、人間の生命が大切にされていない今の世にいる私たちに、立ち止まってじっくりと物事を考えるようにと教えているようです。友を思い、家族を思い、好きな人を思う……、自分の近くにある大切なものをしっかりとみつめなさいと……。