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お薦めシネマ
運命を分けたザイル
2005年2月
TOUCHING THE VOID
- 監督:ケヴィン・マクドナルド
- 原作:『死のクレバス アンデス氷壁の遭難』(岩波現代文庫)
- 脚本:ジェレミー・レヴィン、ジャン・サルディ
- 撮影:マイク・エリー
- 出演:ブレンダン・マッキー、ニコラス・アーロン、オリー・ライアル
ジョー・シンプソン(本人)、サイモン・イェーツ(本人)、
リチャード・ホーキング(本人)
2003年 イギリス映画 1時間47分
- 2004年イギリス・アカデミー賞最優秀イギリス映画賞受賞
- 2004年イブニング・スタンダード英国映画賞受賞
- 2004年イギリス・インディペンデント映画賞最優秀撮影賞、最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞
- 2004年シアトル映画批評家協会最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞
- 2004年ゴールデン・サテライト賞最優秀ドキュメンタリー映画賞ノミネート
- 2004年第17回東京国際映画祭特別招待作品
実際に起きた遭難事件からの奇跡の生還を、迫力ある映像で描いたドキュメンタリー映画です。映画は、アンデス山脈シウラ・グランデ峰に挑む二人の登山家と、キャンプに残って二人の帰りを待っていた青年のインタビューで構成されています。そのとき、死と隣り合わせの中で、彼らはどのような判断をしていったのか……、その思いはどんなだったのか……、最初から最後まで、雪山の中での過酷な自然と、二人の真理ドラマに飲み込まれてしまいました。この生還は奇跡としかいいようがありません。
真っ暗なクレバスの中での絶体絶命の状況の中でも「生きることができる!」という生(せい)への強い確信と、生きている可能性が見いだせない中でも友を案ずる思いが、生還という奇跡を生みました。「人は、ここまで生きることができる」という感動と、「友がいてくれたから助かった」という友情の物語です。
物語
1985年、英国のジョー・シンプソン(ブレンダン・マッキー)とサイモン・イェーツ(ニコラス・アーロン)は、ペルーのアンデス山脈シウラ・グランデ峰登頂に挑んだ。標高6,600m、前人未踏の西壁からの登頂を目指している。雪原にある湖畔にテントを張り、留守のテントは、現地で雇った青年リチャード・ホーキング(オリー・ライアル)が守る。ジョーとサイモンは、ベースキャンプを持たずに登頂をめざすアルパイン・スタイルを選んだ。当時としては、まだなじみが薄い登山方法だった。食料も道具も最小限にし、限られた時間の中で成功させなければならない。
出発前の気持ちを、ジョー、サイモン、リチャードたち本人が語る。
ジョーとサイモンは、氷壁にアイゼンを食い込ませ体勢を整えてはロープを張り、一歩一歩、慎重に進んだ。そして3日後、二人は登頂に成功した。しかし、事故は下山で起きた。
突然、ジョーの足場が崩れ、数十メートル滑落してしまった。ジョーの太ももに鋭い痛みが走る。骨折だ。雪山での骨折は死を意味していた。ジョーの叫び声で骨折を知ったサイモンの心には、一瞬「このまま転落してくれたら」という思いがよぎる。しかし、サイモンは友を見捨てず、ともに下山する方法を選ぶ。すぐさま二人のザイルを結びあわせ、ジョーの体をザイルにつるして降ろすという方法だ。
ザイルは2本あわせて計90m。ジョーを90m滑り降ろしてはサイモンが降り、また90m降ろしてはサイモンが降りる。いったい何回繰り返したら、下山することができるのだろうか……。サイモンがジョーを滑り降ろす速度は、次第に速くなっていった。ジョーの足が岩にぶつかって痛みが全身を覆っても、足をかばう暇はなかった。とうとう、ジョーは止まる場所を見つけることができず、宙づり状態になってしまう。
いくら待っても、サイモンが支えているザイルから、ジョーの重みがとれない。ザイルを体で支えているサイモンは、次第にずり落ちていく。「何か起きたのだ。ジョーは死んだのか……?」このままだと、二人とも死んでしまう。一時間以上待ったが、何の動きもなかった。遂に、サイモンはザイルを切る決断をする。
ザイルを切られたジョーは、まっすぐに落ちていく。真下には、深いクレバスが口を開けていた。
身が軽くなったサイモンは、下山した。途中で、クレバスの口にひっかかっているザイルを見た。サイモンは真っ暗なクレバスをのぞき込み、ジョーの死を思った。
気がつくとジョーはクレバスの穴の途中にいた。彼の体を結んでいたザイルは、はるか上のクレバスの入り口につながっていた。暗く冷たい氷の空間。下も真っ暗で、クレバスの底は見えない。「後、70cmずれていたら、クレバスの底に落ち助からなかっただろう。しかし、このままここで死ぬのか……」痛む足をかかえながら、ジョーは思案にくれた。
「このままでは、ふたりとも死んでしまう……」ザイルの切断は、サイモンの苦渋の決断でした。この決断は、ジョーが奇跡の生還を果たしても、生涯にわたって、サイモンの心を苦しめるのでした。しかし、ジョーの心にあるのは、テントにサイモンが残っていてくれたことへの感謝でした。もし、テントにサイモンがいなかったら、ジョーは生還することはできなかったからです。本人たちのインタビューに答える姿を見ながら、二人の心のギャップが、苦しく心に残りました。
足が動かない状態でクレバスに残されたジョーの「もう眠りたい……」という自然的な思いと、「寝袋の中で死ぬのは耐えられない!」という自分を鼓舞する生還への執念がみどころです。鍛えられた体力と精神力、登山家としての意地、経験からくる登山の知識など、自分の持っているものを全部使って「生きる」ことを目指すジョーの姿は、簡単にものごとをあきらめてしまうわたしたちに、強いメッセージを残してくれます。
撮影は、実際にアンデス山脈とアルプスで、実際の雪嵐、クレバスの寒さの中で行われました。あくまでも本物を追求したマクドナルド監督。人間ドラマとしても映像としても、迫力ある映画です。