お薦めシネマ
キャッチボール屋
2006年10月
- 監督:大崎章
- 脚本:足立紳
- 出演:大森南朋、キタキマユ、寺島進、松重豊、光石研、
水橋研二、内田春菊、キム・ホジョン - 音楽:SAKEROCK
- 配給:ビターズエンド
2005年 日本映画 105分
- 第18回東京国際映画祭 日本映画・ある視点部門正式出品
最初は、ちょっとこの世離れしたお話だと思いました。しかし、いや違う、これは人間の心の姿を追っている映画なんだと思うようになりました。映画のタイトルになっている「キャッチボール屋」、えっ、こんな仕事があるの? と思われるでしょう。映画の中では、この仕事が成り立っているのです。
物語
キャッチボールができる空間がある、ちょっと広い公園が舞台です。しかし、近いうちに工事がはじまり、この公園はなくなってしまうという運命にあります。
主人公のタカシ(大森南朋)は、会社のリストラにあって職を失い、明日からどうしようかという不安定な身だが、まだ呆然としていてこれから先どうしたらいいかを考えることに思いがいっていない状態です。しかし、ひょんなことから、公園でキャッチボール屋をしている男性から、この仕事を任されます。「10分で100円」。 仕事道具のグローブとボール、看板や公園まで荷物を運んでいく自転車も、寝泊まりする部屋も、そのまま与えられ使うことになりました。その翌日から、タカシは「キャッチボール10分100円」という仕事をするために、公園に出かけました。
「10分間キャッチボールして、100円払うなんて仕事が成り立つのだろうか」と疑っているタカシの前に、ポツリポツリとお客が現れます。何がなんだか分からない状態で数日が過ぎていきました。
キャッチボールには、常連になっている人もいます。彼らは個性的な人たちです。ある人は、昼休みに体を動かすためにキャッチボールをしに来ます。ある父親(光石研)は、子どものころ自分の父親とキャッチボールをした経験がなく、今度は息子にキャッチボールを教えることになったので、こっそり練習を……ということでやってきました。かと思うと、派手なジャージーを着て、グローブに「ビシッ!」というすごい音を立てて強い球を投げるサングラスの男性(寺島進)もいます。またOL(キタキマユ)もやってきます。彼女はいつも自分の昼食の残りをキャッチボール屋に差し出して帰るのでした。
公園の売店のおばさん(内田春菊)が、タカシに差し入れをしてくれました。おばさんは、キャッチボール屋の仕事が続いているのが、うれしいのだそうです。
キャッチボールをしにタカシの元へ来る人は、キャッチボールをするだけでなく、いろいろな話をしていきます。だれにも言えないことを、タカシに語っていきます。キャッチボール屋は、そういう役目をしていたのです。常連客の相手をしていくうちに、彼らの過去が次第に分かっていきます。はじめはボーッとしていたタカシですが、それぞれの人が持っている人生へのこだわりの姿から、目が開かれていきました。
生活空間となっている公園の一日。しかし、そこは人間の心の奥で思っているいろいろな思いが漂っているところでもあります。公園での時間は、ゆったりと流れていきます。公園は、どんな人をも受け入れます。公園で時間を過ごしていく人に、心のゆとりを与え、人と人の交わりの場でもあります。公園で人は体と心を休め、自分を取り戻して、再び元の場所へ戻っていきます。無心になって球を投げる。自分の球を受けてくれる人がいる安心感。この映画も、そんな公園のキャッチボールの役目を果たしているように思いました。ホッとする映画です。
「キャッチボールは“思いやり”です。基本は相手の胸をめがけて投げ、受ける時も自分の胸の前で」映画の中で、たびたび出てくる言葉です。いい言葉ですね