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 赤い鯨と白い蛇

2006年11月

赤い鯨と白い蛇

  • 監督:せんぼんよしこ
  •   
  • 製作総指揮:奥山和由
  •   
  • 脚本:冨川元文
  •   
  • 音楽:山口岩男
  •   
  • 出演:香川京子、樹木希林、浅田美代子、宮地真緒、坂野真理
  •   
  • 配給:東北新社クリエイツ+ティー・オー・ビー

2005年 日本映画 102分


監督のせんぼんよしこさんは、1953年の、はじめてのテレビ放送がはじまった日の2か月前に日本テレビの開局と同時に入社し、テレビの草創期を築き上げてきた人です。特にドラマの世界を広げ、ドラマシリーズ「愛の劇場」を演出し、他にも単発ドラマを世に送り出しました。日本放送作家協会第1回演出者賞、芸術祭奨励賞、芸術祭大賞、テレビ大賞優秀個人賞などを受賞し、日本テレビ退社後もフリーとして活躍していらっしゃいます。映画「赤い鯨と白い蛇」は、78歳になったせんぼんさんのはじめての監督作品です。

物語

75歳になる保江(香川京子)は、孫娘の明美(宮地真緒)に連れられて、千倉に住む息子家族のもとへ行くために電車に乗った。今まで同居していた娘(明美の母)が亡くなったので、息子のもとに身を寄せるためだった。娘の死後、保江には認知症の兆しが見えていた。

館山まで来たとき、保江はどうしても行きたいところがあると下車した。急な変更にとまどう明美は、記憶をたどるようにして急ぐ保江の後を追った。

保江が探していたのは、戦争中疎開していた民家だった。記憶をたどるようにして見つけ出したその家は、昔のまま建っていた。離れや蔵がある古い構えの家には、現在、光子(浅田美代子)と小学生の娘・里香(坂野真理)が住んでいた。近く立て直しをするために引っ越したばかりで、家の中には何もなかった。光子の夫は、3年前に家を出て行ったまま帰ってこないのだった。保江は、今夜はこの家に泊まりたいと願いでる。

そこへ、光子たちの前にこの家に住んでいた美土里(樹木希林)がやってきた。美土里はサプリメント食品のセールスをしている。解体すると聞いてやってきたというが、商売のことで何か事情があるらしい。その夜、5人は食事をともにしながら語り合い、うち解けていく。保江は、この家には150才になる白い蛇が住んでいて、その蛇と話すと幸せになるのだと言い出す。明美は妊娠しているらしい。

朝、明美はボーイフレンドに会うため、光子の車で町へ出る。明美を駅で降ろした光子は、バックミラーに写る男性の後ろ姿を見てびっくりする。夫に似ていたからだ。しかし、次の瞬間、男は人混みの中に消えていた。

保江は少しづつ、かつての記憶を思い出して行った。保江は里香に、大切にしているお守り袋を見せる。その中には金ボタンが入っていた。そのお守りを見ながら、保江は何かを思いだしたらしく、急に歩き出す。保江は、山の斜面に掘られた防空壕に入って行った。

 

映画を見ていくうちに、せんぼんさんが描きたかったのは、香川京子さん演ずる保江だと思いました。保江が、忘れていた自分の青春時代を思い出していくにつれ、疎開先で何があったのかが分かってきます。戦時下で出会った若い将校との約束を、生涯、心に抱いてきた保江の姿から、戦争の不条理と悲しみがジワーッと伝わってきます。

せんぼんさんは、月刊誌「あけぼの」のインタビューの中で、次のように語っています。

 私は、60年前のあの時代を、小学生として生きてきました。学校の講堂の正面に日の丸が掲げられ、当然のこととして教育勅語を読み上げていました。子どものときのことで、政治的なことなどまったくわかりませんでしたが、あのときの情景を思い出しても、その背景には、何ひとつ良いことが思いうかばないのです。

 我々の時代は、あそこから出発し、平和を求めて歩んできただと思っています。

 ところが最近、ニュースの画面をみて唖然としたことがあります。学校での式典の映像でsたが、私が戦中に受けた学校での教育場面にタイムスリップしたようで、60年前の忘れもしない戦争の記憶までもがよみがえりました。「君が代、日の丸」も形式にしかすぎないのかもしれませんが、そこには、私のなかにある、とてもつらくいやな思い出が重なるのです。……戦争中、生きたくても生きることができなかった時代をみてきた人間としては、生きていられるなら生きる、というのが私の生命観です。」
                           
(「あけぼの」2006年12月号 p.36より)


せんぼんさんの平和への思いと、子どもへの虐待や自殺など、いのちが大切にされないことのへの嘆きが、この映画制作の根底に流れています。

ここの出てくる5人の女性たちは、心の奥に痛みを抱え悩んでいます。3日間の出会いをとおして、新しい結論を出していきます。5人の女性たちをとおして、一人の人の10代、20代、30代、50代、70代を描いているようにも見えます。せんぼんさんの人生なのかもしれません。

舞台となっている古い家屋は、江戸時代の中頃に建てられた200年の歴史をもつ家です。大きな茅葺きの屋根、縁側、襖が、5人の存在をやさしく受けとめています。

数日の出来事を、5人の登場人物で描いた地味な内容ですが、こめられたメッセージは、とても深く広いものがあります。何回も反芻(はんすう)して深めたい作品です。

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