お薦めシネマ
眉山
2007年5月
–びざん–
- 監督:犬童一心
- 原作:さだまさし(『眉山』幻冬舎文庫)
- 脚本:山室有紀子
- 音楽:大島ミチル
- 出演:松島菜々子、大沢たかお、宮本信子
- 配給:東宝
2007年 日本映画 120分
物語
母と娘は、四国・徳島で、地域の人々を愛し愛され、つつましく生きてきた。父は亡くなったと、娘は母に聞かされていた。東京に出て旅行代理店で忙しく働く娘に、母が入院したという知らせが入った。「あの気丈な母が、病気……?」娘は仕事をやりくりして看病のために里帰りをする。心配しながら病院に向かう。相部屋の病室からは、母の大きな声が聞こえてきた。注射の下手な看護師をしかりつけているのだ。
「またか……」娘は思った。「お母さん、いい加減にして。ここは病室よ!」病室に飛び込むと、見舞いの言葉より先に、母をしかりつける言葉が出てしまった。しかし、同部屋の患者たちは、よくぞ叱ってくれたと母の態度に拍手をしていた。母は「神田のお能」と呼ばれていたちゃきちゃきの江戸っ子だった。その気っ風のよさは、人々に好かれており、彼女を頼りにしている人も多かった。
>娘は、主治医から末期ガンであることを知らされるが、母の前でやさしい態度にはなれない。「お母さんは、いつもそうなんだから。なんでも、自分一人で決めて……」「お母さん、私なんか必要ないでしょ!」小さいころから母に対して抱いていた反発と寂しさ。娘は、母と一緒にいるとかえって孤独を感じ、母から逃れるように東京に出たのだった。
強い母だった。しかし、母の世話をしながら病院で過ごすうちに、母の周囲で暮らす人々の話から、それにまつわる小さかったころのかすかな思い出がよみがえってきた。モザイクのような記憶が一つにつながったとき、そこには、か弱くしかし、必死で生きる、いとしい女性の姿が見えてきた。今、愛しい人を思う自分に、父を慕い、大好きな人のふる里でその人の子を育てようと決心した、若いときの母の姿が重なる。
もう、母への反発心はなかった。限られた命の中で、一人の女性の思いをかなえてあげたい……。大好きだったが、今はもう踊れなくなってしまった阿波踊り。医師の許可を得て、娘は母を阿波踊りを見に連れ出す。娘は、母が恋しい父との約束の夜に身につけていた萌葱色の着物を着た。そして、阿波踊りがはじまった。
ふる里。人と人が支え合って生きる。ある人への思いを心に秘めて生きる……。今、軽くなりつつある土地と人とのかかわり、その中で人は生きていることを描きながら、だれもが持っている父と母への思いを、じっくりと描いた静かな感動の作品です。母の日を前に封切られ、出産後初めての映画として話題になっている松島菜々子さんと、朝の連続テレビ小説「どんど晴れ」でヒロインのおばさんとしてかわいらしく演じている宮本信子さん、2人を見守るやさしさにあふれる大沢たかおさん、この3人が静かにじっくりと“人の思い”を演じます。