お薦めシネマ
明日(あした)への遺言
2008年3月
- 監督:小泉堯史
- 原作:大岡昇平『ながい旅』(角川文庫)
- 脚本:小泉堯史、ロジャー・バルバース
- 出演:藤田まこと、ロバート・レッサー、
フレッド・マックィーン、リチャード・ニール、
富司純子、西村雅彦、蒼井優、田中好子 - ナレーション:竹野内豊
- 音楽:加古隆
- 配給:アスミック・エース
2008年 日本映画 1時間50分
- 文部科学省特別選定(青年向き、成人向き)
- 青少年映画審議会推薦(映倫)、厚生労働省社会保障審議会推薦
- 大阪市教育委員会「特選」(小学校向き、中学校向き、青年向き、成人向き、家庭向き)
- 福岡市推薦、福岡教育委員会推薦
日本の戦争責任が裁かれた東京裁判では、A級戦犯が東京で裁かれました。絞首刑を言い渡された7人の中に、ただ一人、軍人でない文官がいました。総理と外務大臣を歴任した広田弘毅です。少しでも助かりたいと弁明する多くの軍人たちの中にあって、広田は自分を救おうとすることは一切言わず、また家族にも、死後、自分について口外しないようにと伝えました。
「戦争を止めることができなかった」という自らの責任を受け入れて逝った広田弘毅の生き方に通じる戦犯の軍人がいました。元東海軍司令官の岡田資(たすく)中将です。彼はB級戦犯として、横浜地方裁判所で裁かれました。罪状は、捕虜となった米軍38人に対して、裁判もせずに不正な処刑を行ったということでした。
「爆撃は軍事的目標に対して行われた場合に限り適法とする」。映画は、この宣言に反する、多くの無差別爆撃の様子を映すドキュメンタリーフィルムから始まります。戦闘機から投下されるおびただしい数の爆弾。その光景は、現在のイラク戦争へと続きます。膨大なドキュメンタリー映像の中から編集されたこの部分を見ただけでも、この映画のメッセージが伝わってきます。
ほとんどのシーンが、法廷でのやりとりとスガモ・プリズンでの生活です。裁判では、捕虜たちが殺されたのは、岡田中将(藤田まこと)が主張するように一般市民に対する無差別爆撃を行ったことへの処刑なのか、それとも捕虜への保護をうたったジュネーブ条約への違反なのかで問われました。
自国である米国に反対しても被告人を守ろうとする主任弁護人のフェザーストン(ロバート・レッサー)、兵士たちの上に立つ指揮官として岡田中将に好意を抱きながらも、厳しく罪を追求する主任検査官バーネット(フレッド・マックィーン)、岡田中将に救いの手を差しのべながらも、彼の覚悟を同じ軍人として理解し死刑を宣告する裁判長のラップ大佐(リチャード・ニール)。毎回の傍聴席から夫の、父の姿を見つめる岡田中将の妻・温子(はるこ・富司純子)と子どもたち家族。岡田中将を尊敬し信頼を寄せる部下たち。そして、空襲がいかに悲惨であったかを証言する一般市民の証人たち(西村雅彦、蒼井優、田中好子)。それらの人々の中心にあって、岡田中将は、すべては自分の命令であり、責任は自分にあると最後までその姿を貫きます。
岡田中将は最後法廷で、「爆撃を受けた日本の様子を取り上げてくれた軍事法廷はここだけだ」と、裁判関係者に感謝のことばを述べます。
小泉監督はこう語っています。
岡田中将の生き方は、私にとっての希望です。
そういう人の姿をなんとか今、甦らせてみたいと。
僕自身、少しでも深められるのではないか、と思えるのです。
置かれた立場で、自分の責任をとることの潔さ。兵士たちの、家族の、一般市民の命をあずかる立場である軍人としての生き様を、藤田まことは、きりりとした潔さと、やさしさで、見事に演じきりました。軍人としての岡田中将を超えて、戦争や社会の動き、目の前の出来事にとどう向き合うのか、一人ひとりの生き方が問われる作品です。