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お薦めシネマ
シロタ家の20世紀
2008年10月
The Sirota family and the 20th century
- 監督・脚本:藤原智子
- 音響デザイン:山崎宏
- 音楽:Leo Sirota 園田高弘 藤田晴子 Polskie Nagrania
- 解説:宇野淑子
2008年 日本映画 1時間33分
- 第20回東京国際女性映画祭 参加
- 第7回キエフ国際ドキュメンタリー映画祭 審査員大賞受賞
日本国憲法が作られたとき、GHQから唯一の女性として参加したベアテ・シロタ・ゴードンさんと戦後の女性たちの活躍を追ったドキュメンタリー映画「ベアテの贈りもの」を撮った藤原監督が、今度はベアテの父レオの兄弟を追いました。レオ・シロタは、ピアニストで、山田耕筰に招かれて来日後、17年間日本に住み、多くの日本人ピアニストを輩出しました。「ベアテの贈りもの」の続編とも言える「シロタ家の20世紀」は、藤原監督いわく「偶然の連鎖でできた」作品です。
ベアテ・シロタさん
「ベアテの贈りもの」がパリの日本文化会館で上映されたとき、アリーヌ・カラッソという女性が監督を訪ねてきました。アリーヌはベアテのいとこの娘さんだったのです。アリーヌの祖父は、ベアテの父レオの弟・ピエールです。アリーヌはシロタ家の写真を持参してふたたび監督を訪れ、国際的に活躍したシロタ家の人物についていろいろと話しました。アリーヌの話を聞きながら藤原監督は、ヴィクトル、レオ、ピエール兄弟を中心としたシロタ家は、20世紀の縮図のような家族だと思い映画化を考えました。しかし映画製作のためには多額の資金が必要です。そのめどはたっていませんが、とにかく取材をしておこうと思いました。
シロタ家の写真
藤原監督はある日、東横線の電車の中で富田玲子という女性と出会いました。監督は富田に胸の内にある思いを話したところ、富田は提案しました。「わたしは、レオ・シロタの愛弟子である藤田晴子の遺産を預かっている。それを使ったらどうか」と。こうして、この映画を作ることができました。「シロタ家の20世紀」は偶然から生まれた、言い換えれば、天から作られるようにと促された作品です。
監督は言います。
「わたしはこの映画を、素直に天からの贈りものと受け止め、20世紀に戦争や迫害で理不尽に生命を亡くしたすべての人に、国籍を問わず、敵も味方もなく、全世界のひとたちへのレクイエムと思って作りました。」
アリーヌ・カラッソさん
◆シロタ家の歴史
シロタ家の一族は、ウクライナのカミエニッツ・ポドルスキの出身です。ここには多くのユダヤ人が住んでいました。一家は、迫害を逃れて19世紀末にキエフに移り住みました。5人の兄弟姉妹は優秀で、みな芸術を志しました。音楽学校を卒業した兄弟は、ワルシャワ、ウィーン、パリで活躍しました。しかし、ナチスの台頭と第2次世界大戦によって、劇的な運命をたどります。
長男ヴィクトルはワルシャワで指揮者として活躍したのち、政治犯として捕らえられ行方不明となりました。ヴィクトルの息子イゴールは、ポーランド軍のノルマンディ上陸作戦に参加して戦死。
次男レオは、世界的ピアニストとして活躍し、1929年から17年間日本に滞在し、演奏活動や日本人ピアニストを育成しました。一人娘のベアテは、第2次世界大戦中、単身アメリカの大学へ留学しており、シロタ家の連絡役となりました。
末の弟ピエールは、音楽プロデューサーとしてパリで活躍し栄光を手にしますが、1944年、アウシュビッツへ送られて生涯を閉じました。ピエールの娘ティナは、なんとかアウシュビッツ行きを免れることができました。アリーヌはティナの娘です。
映画は、シロタ家の歴史をまとめようとして資料を集めているアリーヌの持っている写真を中心にしながら、当時の映像も交え、また日本のレオの弟子たちへのインタビューをしながら、戦争の世紀と言われた20世紀をたどっていきます。