お薦めシネマ
オレンジと太陽
2012年 4月
ORANGES AND SUNSHINE
- 監督:ジム・ローチ
- 原作:マーガレット・ハンフリーズ『からのゆりかご-大英帝国の迷い子たち』
- 音楽:リサ・ジェラード
- 出演:エミリー・ワトソン、デヴィッド・ウェンハム、
ヒューゴ・ウィーヴィング - 配給:ムヴィオラ
2010年 イギリス、オーストラリア映画 1時間46分
- インサイド・フィルム・アワード主演女優賞受賞
- サテライト・アワード主演女優賞受賞
- オーストラリア・アカデミー主演女優賞ノミネート
「本当のジャクリーヌ・デュ・プレ」(1998)、「クレイド・ウィル・ロック」(1999)、「アンジェラの灰」(1999)など、多くの作品に出演し、演技派女優として定評のあるエミリー・ワトソンが、実在のソーシャルワーカーであるマーガレット・ハンフリーズを演じます。植民地時代から行われていた「児童移民」という政府がかかわる社会の不正に対して、家族の協力を得ながら、真実を求めるために命懸けで挑んでいく女性を、やさしさと強さで存在感たっぷりに演じています。
物語
1986年、イギリスのノッティンガムに住むソーシャルワーカーのマーガレット(エミリー・ワトソン)は、子どもを育てることができない母親から子どもを引き離し、子どもを施設に保護する毎日を送っていた。一方で、養子に出された子どもたちをサポートする会を主催していた。
ある日、集いの後で、シャーロットをいう女性に声をかけられる。「自分がだれなのかを知りたい」というシャーロットは、4歳のときに、ノッティンガムの児童養護施設から、船に乗せられてオーストラリアに送られたと話す。彼女の話によれば、船には子どもたちが数百人はいて、養子のためではなく、保護者のような大人はいなかったという。
シャーロットの話を信じられないでいたマーガレットの前に、弟が同じようにオーストラリアにつれていかれたというニッキーの話を聞く。
シャーロットの生い立ちを調べていたマーガレットは、死んだと思われていた母親が生きていることをつきとめ、夫のマーヴと一緒に、その母親を訪ねる。シャーロットと母親の再会、ニッキーと彼女の弟ジャック(ヒューゴ・ウィーヴィング)の再会を目の当たりにしたマーガレットは、家族と会いたいと願っている人が大勢いいることを知っていく。
マーヴから、政府の政策によって、子どもたちをイギリスから植民地に送る児童移民が19世紀から行われていたことを聞く。そこには、教会や慈善団体がかかわっていることも分かった。
社会福祉委員のジョーンの協力を得、さらに2年間の調査期間と財源を得て、マーガレットは家族から離れ、オーストラリアへと向かう。
オーストラリアの新聞に出した「大英帝国の迷い子たち」という広告に、大きな反響があり、マーガレットの調査が始まった。たくさんの人々の調査をし、オーストラリアとイギリスを忙しく往復する日々だった。つらい現実を目の当たりにし、涙がとまらないマーガレットだった。
マーガレットの働きは、マスコミにも取り上げられたが、児童移民の現実が明らかになることを妨害する動きが出てきた。オーストラリアのビンドゥーンの孤児院に送られた子どもたちは、虐待を受けていたことが分かってきた。しかしビンドゥーンを調査することに対して、「これ以上神父たちの悪口を言ったら、命の保障はないぞ」という脅迫電話がかかってきたり、家が襲われたりするようになった。いったい、ビンドゥーンで何があったのだろうか?
ノッティンガムに戻ったマーガレットは、精神的な発作が出るようになり「心的外傷後ストレス障害」と診断された。多くの子どもたちの苦しみを知り、彼らに心を砕いたマーガレットは心身ともに崩れかけていたのだ。マーヴはオーストラリアに戻るべきではないと助言し、娘レイチェルも家にいて欲しいと願った。一方で、再会できた人々のうれしい声も聞こえてきた。「自分がやらなければ、だれが彼らを助けるのか」。マーガレットは、どうしていいか分からなくなっていた。
大きなテーマを扱ったこの映画を作るきっかけは、ジム・ローチ監督が、2002年にソーシャルワーカーのマーガレット・ハンフリーズの著書『からのゆりかご-大英帝国の迷い子たち』を読んだことに始まります。マーガレットのもとを尋ねたジム・ローチ監督は、当初、ドキュメンタリー作品を考えていました。しかし、出会いを重ね、マーガレットの歩みを知るうちに、劇映画にしたいと思うようになります。2005年に資金調達に取りかかり、脚本作りを始めました。
そして、「オレンジと太陽」撮影中のことです。2009年11月16日、イギリスでの撮影中に、オーストラリアのケヴィン・ラッド首相が、また、2010年2月24日、オーストラリアでの撮影中に、イギリスのゴードン・ブラウン首相が、正式に謝罪しました。マーガレットの調査によれば、1970年代までオーストラリアに移民として送られ、過酷な労働を強いられたり、虐待を受けたりした子どもたちの数は13万人にものぼるそうです。
「オレンジと太陽」によって、児童移民の現実が多くの人に知られるようになりました。今も、大人たちの利益のために犠牲となっている多くの子どもたちがいます。このようなことがなくなるよう願います。