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将軍様、あなたのために映画を撮ります

2016年10月

 将軍様、あなたのために映画を撮ります

  • 監督:ロス・アダム、ロバート・カンナン
  • 出演:チェ・ウニ、シン・サンオク、金正日
  • 配給:彩プロ

2016年 イギリス映画 1時間34分

  • 第66回ベルリン国際映画祭 部門出品
  • 第31回サンダンス映画祭ワールド・ドキュメンタリー・コンペティション部門出品

長距離弾道ミサイルを発射したり、核実験をしたりして、世界中を驚かせている北朝鮮。国交のない日本からは、北朝鮮での国民の生活がどのようなものなのか、知ることは難しい。そんな中で、韓国から北朝鮮に拉致された韓国の女優・崔銀姫(チェ・ウニ)と映画監督の申相玉(シン・サンオク)を追ったドキュメンタリー映画「将軍様、あなたのために映画を撮ります」が公開となった。時代は金正日が書記長になる前のことだが、北朝鮮と今の北朝鮮を導くリーダーを知るために、何らかの参考になるのではないかと思いながら観ました。

崔銀姫は、1928年生まれ、高等女学校を卒業した後、劇団現代劇場に入り演劇活動をはじめた。清楚な容姿と舞台で培った洗練された演技が魅力的で、舞台や映画で活躍し人気をはくしていた。1953年に映画監督の申相玉と結婚し、多くの申相玉監督作品に出演した。1964年に、安養芸術高等学校を設立し、韓国の芸術振興に力を尽くした。1976年に申相玉監督と離婚。そして、1978年に旅先の香港から突然姿を消した。

将軍様、あなたのために映画を撮ります
(C) 2016 Hellflower Film Ltd/the British Film Institute


申相玉監督は、1926年に裕福な家庭に生まれた。自宅には映画館のような部屋があり、そこで国内外の多くの映画を観たという。1944には、東京美術学校(現東京芸術大学)で美術の勉強をはじめた。1945年に韓国に帰国し、高麗映画社の美術部に入る。独立した後、1952年に監督デビュー。申相玉プロダクションを設立し、崔銀姫と結婚した。1960年代後に製作した映画は、どれも数々の映画祭で賞を受賞し、世界でも高く評価され、映画監督としての位置を確立していった。1978年、元妻である崔銀姫の行方を捜していたとき、北朝鮮に拉致された。

将軍様、あなたのために映画を撮ります
(C) 2016 Hellflower Film Ltd/the British Film Institute


拉致された後、申相玉監督は逃亡を2度計画するが失敗。強制収容所に入れられ、厳しい拷問を受ける生活を経て、崔銀姫と再開し、1983年に再婚した。

映画好きの金正日の指示を受け、二人はいつも一緒に働いて17本の映画を製作した。その中には、世界の映画賞で受賞する作品もあり、金正日を喜ばせた。1986年、二人はオーストラリアのウィーンに滞在中、アメリカ大使館に亡命した。1994年、申相玉監督はカンヌ映画祭の審査員に選出された。1999年、二人は永久に韓国に帰国。申相玉監督は、2006年に79歳で亡くなった。

将軍様、あなたのために映画を撮ります
(C) 2016 Hellflower Film Ltd/the British Film Institute


二人は、なぜ「拉致」されたのか。金日成政権の中で、藝術分野の刷新を担当したのが金正日だった。金正日の妻である成恵琳(金正男の母)は女優で、監督を目指していたという。マンネリ化してきた映画を刷新するために、金正日は、韓国のヒットメーカーだった申相玉監督と崔銀姫を拉致したと考えられている。北朝鮮映画の改革をしていく金正日にとって、申相玉監督は映画について語れる唯一の人物だった。

突然北朝鮮につれていかれた二人が、「拉致」という現実を受け入れるのは、簡単ではなかったはずである。事実、申相玉監督は2度も逃亡している。辛い思いの中で、金正日の意志にそって映画を製作していく二人は、どのように考えを切り替え、どのような思いで映画製作をおこなっていったのか。当時の二人の様子を映している映像と当時を振り返る二人の言葉が、今まで明らかにならなかった拉致事件の真実を語り、緊迫感を与えている

何の進展も観られない、日本の拉致被害者たち。北朝鮮での二人の様子を観ながら、日本の拉致被害者たちへ思いを馳せていました。


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