お薦めシネマ
人生フルーツ
2017年 1月
Life is Fruity
愛知県春日井市にある高蔵寺ニュータウン。45,000人が住む広大なニュータウンの一角に、木々に囲まれた緑豊かな家がある。95歳になる津端修一さんと87歳の妻英子さん夫婦が暮らす。英子さんが手をかけるキッチンガーデンには、70種の野菜と50種の果実が育っている。
厚木飛行場で終戦を迎えた修一さんは、戦争で住宅が焼き尽くされた街を見て、「新しい時代の手伝いには、住宅再建しかない」と、アントニン・レーモンドの事務所に勤めた。1955年に日本住宅公団に入った修一さんは、阿佐ヶ谷住宅や多摩平団地など、全国18の都市計画に携わった。
1959年、大きな台風が日本の中部を襲った。5mの高潮を受けて濃尾平野のほとんどが泥沼となり、低い土地に住んでいた5,000人の命が犠牲となった伊勢湾台風だ。翌年の1960年、災害に強い町を目指して名古屋市郊外の高台に、新しい町造りの構想が持ち上がった。「人間はどこに住んだらよいのか」。マスタープランの設計を任せられた修一さんは、それまでの経験から、地形を生かし風の通り道である雑木林は残した自然との共生を目指す夢の計画を描いた。しかし、実際に完成した高蔵寺ニュータウンは、山は削られ谷は埋められ経済優先の無機質な町になっていた。その後、修一さんは仕事に距離を置くようになった。
1970年に高蔵寺ニュータウンの集合住宅に入った修一さんと英子さんは、5年後にニュータウンに300坪の土地を買った。「平坦になった土地に、山里を回復するにはどうしたらよいか」をテーマに、小さな一軒でもいいから雑木林を造ろうと実験をはじめた。
(C) 東海テレビ放送
ふたりがここに住んで50年。映画「人生フルーツ」では、自然の中で暮らすふたりの日常を追う。春、庭に咲き始める花に立て名札を立てる英子さん。シャクヤクの花には「美しかな」と、その花の美しさを見たときの感動をメモし、「みかん」の木には「ママレードに」と料理のメモが書かれる。この小さな立て札は修一さんの手作り。日頃の英子さんへの働きを感謝し、愛を込めて作る。
(C) 東海テレビ放送
雑木林に囲まれて暮らす高齢のふたりの生活は、ゆっくりだが自分たちの手で営まれていく。静かな生活をしている修一さんに、仕事の依頼が来た。佐賀県伊万里にある精神科病棟の建設にあたって、患者さんたちが人間らしい暮らしができるようにアドバイスをしてほしいということだった。「人生最後にすばらしい仕事をいただいた」と、修一さんは無報酬でこの仕事を引き受けた。
90歳になっても妻に惚れている夫と、「夫にきちんとした者を着せ、食べさせれば、巡り回って自分もよくなる」と夫の健康を気遣う妻の愛情あふれる暮らしを垣間見るような映画です。ふたりが積み重ねた生活はとても魅力的。ふたりのやさしい微笑みが、幸せの秘訣を教えてくれる作品です。