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お薦めシネマ
作兵衞さんと日本を掘る
2019年6月
- 監督:熊谷博子
- 朗読:青木裕子
- ナレーション:山川建夫
- 音楽:黒田京子、喜多直毅
- 出演:井上冨美、井上忠俊、緒方恵美、菊畑茂久馬、森崎和江、上野朱、橋上カヤノ、渡辺為雄
- 製作・配給:オフィス熊谷
- 配給協力:ポレポレ東中野
2018年 日本映画 111分
「ユネスコ世界記憶遺産」(Memory of the World)ということばをご存知でしょうか。ユネスコが設けている事業のひとつで、危機に瀕した古文書や書物などの歴史的記録物を保存し、広く公開することが目的とされています。2011年、この「ユネスコ界記憶遺産」が、はじめて日本におくられました。記憶遺産になったのは、福岡の炭鉱の様子を描いた画と日記697点です。作者は一炭鉱夫の山本作兵衛さん。日本の底辺で、貧しく暮らした人々の生活を描いた画が取り上げられたことに、驚きました。
(C) Yamamoto Family
山本作兵衛は、1892年に現在の飯塚市で生まれました。父は川舟仙頭をしていましたが、スピードも輸送量が優れている鉄道の開通で仕事を失い、炭鉱に入りました。炭鉱では、炭を掘る先山(さきやま)と、掘り出された炭を運ぶ後山(あとやま)の二人一組で仕事をします。後山は、妻や妹がすることが多く、作兵衞も、7歳のころには、弟の子守として坑内に入りました。
このような生活で、学校には満足に行くことができませんでしたが、小さいころから絵を描くことが好きでした。12歳に入った鍛冶屋をはじめ、いろいろなところで働きましたが、仕事を終えると自力で文字や知識を学びました。22歳になって再び炭鉱に入りました。戦争が進む中、炭鉱夫は「石炭戦士」として持ち上げられましたが、生活は貧しいものでした。青年時代はひたすら働き、絵を描く時間もなかった作兵衞さんは、60歳を過ぎて閉じられた炭鉱の警備員となってから再び筆を握りました。
(C) Taishi Hirokawa
事件や子どもの遊びの絵も描きましたが、「昔の仕事や生活を、子や孫に残しておきた」という思いで、2,000枚を超える絵を描きました。石炭から石油へ、やがて原子力エネルギーへという国策の中で、炭鉱が次々と消えていきましたが、「底の方は少しも変わらなかった」と作兵衞さんは自伝に記しています。「思ヘバ悲シ、我々勤労者ナリ」。作兵衞さんは「炭鉱は日本の縮図で悲しくなる」と、92歳で亡くなる数日前まで、自分の記憶を伝えようと描きました。
映画には、作兵衞さんの三女・井上冨美さん、孫の緒方恵美さんと井上忠俊さん、後山として働いていた女性・橋上カヤノさん、作兵衞の絵を語る画家・菊畑茂久馬さん、炭鉱労働者の自立と解放のために働いた記録作家・上野英信の長男で古書店主の上野朱さん、閉山が進む炭鉱の町に住み続け女性解放のためにたくさんの本を出版した森崎和江さん、炭鉱夫で炭鉱資料館館長の渡辺為雄さんが登場し、当時の炭鉱の様子や作兵衞について語っています。
(C) 2018 オフィス熊谷
「映画を完成されるのに7年かかった。作兵衞さんの絵をとおして日本を描きたかった。女たちを見ていて、他人ごとではないと思った。炭鉱夫は今、原発労働者となった。底辺で働く人がいる。作兵衞は絵を残して語った。カヤノばあちゃんは長生きした。この二人の奥には、多くの人がいる。それを伝えたかった」と監督は語っています。
関連映画:「坑道の記録 ~炭鉱絵師・山本作兵衛」(2013年)