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キリシタンゆかりの地をたずねて
佐賀県 唐津市
名護屋城趾
本丸跡 | 天守閣跡 |
名護屋城は、1592(文禄元)年、秀吉が朝鮮出兵のために出兵拠点として築いた城です。
面積は約17ヘクタールにおよび、周辺には、徳川家康、伊達政宗、加藤清正など130以上の諸大名の陣屋が築かれました。
フロイスが「無人の、しかもとうてい人の住みがたいところ」と記したこの地に、8か月の短期間で、大坂城に次ぐ広壮な規模の城郭が完成しました。
高山右近も前田利家に従い、名護屋城に近い通称「筑前山」にあった陣営に布陣しました。
茶室跡が発見されており、ここ名護屋城で秀吉は茶会などを催していたようです。利家も陣営に茶室をつくり、秀吉を迎えました。
1598(慶長3)年の秀吉の死によって、諸大名はここから撤退しました。
名護屋城趾博物館
- 住所:〒847-0401 佐賀県唐津市鎮西町名護屋1931
- アクセス:昭和バス・呼子線、値賀・名護屋線で「名護屋城博物館入口」下車 徒歩5分
- 開館時間:9時~17時
- 休館日:月曜日(曜日が祝休日の場合はその翌平日)
年末12月29日~31日 - 入館料:無料(特別企画展期間中は有料)
- 駐車場:無料(名護屋城跡と共用)
名護屋城趾博物館:
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