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料理をとおして奉仕したSr.中野が天国へ

2021.04.28


Sr.中野

シスターマリア・ドローレス中野京子が、平塚修道院で11月12日の夕方、老衰のため亡くなりました。88歳でした。

シスター中野は1933年4月6日に誕生し、3日後の4月9日にはカトリック中ノ浦教会で洗礼の恵みをいただきました。信心深いご両親から信仰教育を受けました。幼いころからシスターになりたいという希望を持っていました。

そのような時に聖パウロ女子修道会の2人が家を訪問してくれ、それを機に修道会入会を決意し、福岡修道院に入会しました。それは1953年6月16日のことでした。1956年の「無原罪の聖母」の祝日に初誓願、61年には終生誓願を立てました。

Sr.中野
葬儀ミサ


シスター中野の使徒職は、主に家庭宣教と料理の担当での奉仕でした。家庭宣教では、いろいろの人と出会ったと、喜んで語ってくれたのを思い出します。「シスターだったから、偉い人でも自分のような小さい者に会ってくれ、本を買ってくれることは、すばらしい使徒職だ」と思ったと言っていました。

仙台にいた時に胸を患い1年ほど療養生活を送りましたが、その後健康を取り戻して、料理担当の奉仕に復帰し、長いことこの奉仕に専念することとなりました。彼女の一人ひとりに対する心遣いには、多くの姉妹が感謝していました。姉妹への奉仕ということが、彼女を貫いていた精神でした。姉妹が病気のため特別食が求められる時も、喜んで奉仕してくれていました。

そのような中で、訪問宣教に行きたいと常々語り、日曜日には教会での展示即売に参加していました。また、長崎での訪問宣教にも派遣され、使徒職を一生懸命果たしていました。

晩年、平塚で料理担当の任にあたりながらも、長崎での体験が自分の中でいきいきとよみがえり、派遣された場での使徒職を果たしながら、姉妹たちと共に宣教していますと語っていました。「修道院で今、何か特別なことはありますか、わたしは心を一つにして祈りたいのです」と、度々共同体での動きに関心をもって尋ねていました。そして、いつも「祈りますね」と答えてくれました。

2021年ごろから、アルツハイマー型認知症からのうつ症状のため、それまでできていたことができなくなり、6月ごろから日常生活に支障が出てきて、10月になって急に悪化し、食事をとることもできなくなりました。最期の日まで、修道院で姉妹の手厚い介護を受けながら、祈りのうちに精一杯生き、自然の状態で息を引き取られました。

Sr.中野
葬儀ミサ


Sr.中野
葬儀ミサ


彼女を一言で言い表すなら、何についても一途で熱心であると言えるでしょう。その名(ドローレス/悲しみの聖母)のとおり、聖母を愛した彼女は、イエスのように十字架のもとで聖母に引き取っていただいたことでしょう。



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