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シスター野口、病気から解放されて、天国で安らかにお過ごしください

2011/06/06


6月3日(金)に、名古屋で亡くなったシスターマリア・アデオダータ野口澪子の葬儀ミサが、6日(月)10:00から、カトリック布池教会の信徒会館にある小聖堂で行われました。

シスター野口は、1941年に長崎で生まれました。信仰熱心な家庭で、兄弟や親族の中には、司祭、司教、修道者がいます。自分を神さまにささげたいという篤い望みを持っていたシスター野口は、16歳のときに福岡支部に入会しました。女子パウロ会には、姉のシスタードメニカ野口が入会していました。(シスタードメニカは、1973年に、若くして亡くなりました。)

東京で志願期と修練期を過ごして1964年6月30日に初誓願を宣立し、シスターとして福岡支部に派遣されて家庭訪問を団体宣教に励みました。1969年に終生誓願を宣立した後は、名古屋の名鉄デパートをはじめ、長崎のデパートにあった「カトリック・コーナー」などで宣教に励みました。

1980年に東京に戻ってからは、共同体の必要に応えるために自分を差し出したいと願っていましたが、病気がその思いを妨げました。2000年に名古屋支部に移り、姉妹たちに助けられながら、姉妹のため共同体のために奉仕をしていましたが、6年前に体調が悪化し、それ以来、病院と修道院を行ったり来たりの、苦しい道が始まりました。数ヶ月前から入院していましたが、血圧が下がり、体の機能が低下し、聖霊降臨のノベナが始まる3日に、その命を天の父に返しました。

「マリア ア・デオ・ダータ」、神にささげられたマリアの修道名の通り、神のために聖別奉献生活をとおして、その生涯を神にささげてシスター野口は、苦しみから解放されて、天の御父のもとへと帰っていきました。

葬儀ミサ 葬儀ミサ
葬儀ミサ 主の祈りをささげる司祭たち

葬儀ミサ 葬儀ミサ
出棺 お骨となって修道院に帰ってきたSr.野口

葬儀ミサを司式してくださった岩崎神父は、ミサの中で読まれたヨハネ福音書14章3節の「行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える」という言葉から「神はその人の一番よいときに迎えに来てくださる。わたしの思うようにではなく、神のよいときに」と説教で話してくださいました。シスター野口は約半年前から食事をすることができず点滴で過ごしていたので顔も小さくなっていましたが、スースーと寝息が聞こえてくるように穏やかに眠っているようでした。天国のシスター野口の場所が、用意できたのですね。

シスター野口、天の父のみ手の中で安らかにお過ごしください。


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