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女子パウロ会ニュース
Sr.草川紀吉子が、眠るように天国へ
2019.03.23
長い間、病いに苦しんだSr.マリア・ベルナデッタ草川紀吉子が、3月21日(木)の夜、とても静かにこの世を去りました。79歳でした。
Sr.草川は、1970年に大阪で入会しました。長い誓願生活の中でいちばん長く携わってきたのは、人びとと直接出会っての宣教でした。名古屋支部での家庭宣教、大阪支部での訪問宣教・デパートの使徒職、東京・平塚での訪問宣教、横浜高島屋セントポールコーナーでの宣教などの使徒職に就き、1999~2011年の11年あまりにわたっては、聖イグナチオ教会案内所での使徒職に携わりました。宣教の使徒職の間には、調理師の資格を取得して台所の使徒職を果たしたり、1987年からは大阪支部の院長を務めたり、東京修道院でグループ長の任にあたることもありました。
Sr.草川は、あまり目立つ存在ではありませんでしたが、責任感のあるしっかりした姉妹でした。また歌や踊りが好きで、ひょうきんでユーモアのある楽しい面ももっていました。
宣教の使徒職をしていたの最後の時期となる2011年ころ、Sr.草川に大きな転機が訪れました。それは、アルツハイマー病と診断されたことです。2012年2月には、高齢・病弱の姉妹の共同体に異動し、ミニメディアの手作業や修道院内の奉仕をしました。2014年はまだお元気で、次のように書いてくださいました。「日々の奉献を、神さまがお与えくださったこと、病気、その他 共同体の中で自分にできることは忠実に(果たして生きています)。たとえば掃除や、共同ビジタのとき何か歌ってくださいと頼まれれば、神さまからいただいた声ですので、喜んでさせていただいています。あまり生活の中で困っていることはないので助かります」。
しかし、病気は2016年ころから急速に進行し、共同体での生活が困難になりました。2017年の秋からは入院して治療を受けましたが、さらに骨折や消化器の病気などを起こしてだんだんと衰弱し、全面的に介助が必要な状態になりました。
Sr.草川は、召命を感じたときのことを次のように書いています。「ある日突然、“自分の十字架をとって わたしに従いなさい”と胸につきささるような声が聞こえた。何度も「そんなはずはない。自分には修道生活などふさわしくない」と心の中でうち消していた。しかし、そうすればするだけ、もっと大きな波紋となって自分に返ってきた。……この思いがつのり、長く勤めていた職場を辞めてしまった。」Sr.草川が最初に聞いた「自分の十字架をとってわたしに従いなさい」というイエスからの招きは、病気のために、本来の自分らしさを失い、身体の不調を説明することもできず、最後は人にしてもらうことしかできなくなった人生の締めくくりのときに、実現したのではないでしょうか。Sr.草川はこの十字架をしっかりと受けとめて、奉献を全うされ、御父のもとへと帰っていきました。