教会をたずねて
カトリック世田谷教会(東京教区)
聖堂正面 |
聖堂正面の十字架 |
祭壇とプレゼピオ |
朗読台 |
左 脇祭壇 |
右 脇祭壇 |
聖堂内 真福八端の聖画 |
聖堂天井にギリシア語で書かれた 「見よ、神の子羊を!」 |
聖堂入り口 |
十字架の道行 |
聖堂内 聖母子像 |
聖堂入り口 プレゼピオ |
ルルド |
フランスのFONDERIEから 贈られた鐘 |
聖堂裏 外観 |
教会の門 |
聖堂の十字架 |
カマボコ兵舎 内部 |
歴史と聖堂内部
世田谷教会は、東京教区で、戦後最初にできた教会です。
1946年に池尻教会として発足し、1948年4月4日に世田谷教会と改称されました。
1946年に、故今田健美神父によって創設されました。最初は、世田谷のある邸宅を間借りして、教会としました。翌年には現在の土地を入手し、そこに建てられたのが、現在の木造の聖堂です。この聖堂は、もともとフランスからシャンボン大司教が府中墓地の教会のために輸入したものですが、組み立てられないままで置いてあった資材ををもらい受けて建設されたものです。
そのため聖堂の骨組みには、フランスからの鉄パイプが使われています。フランスのロマネスク様式を取り入れたものですが、ロマネスク様式にはめずらしく、天井はカマボコのような円形になっています。
次に今田神父は、プールの改築で捨てられたコンクリートの塊を入手し、手造りのルルドを造り、1956年7月には、このルルドにフランスからマリアの像を迎えることができました。
1958年の秋には、二階建ての司祭館と、米軍放出のカマボコ兵舎3棟を巧みに組み合わせた信徒会館が完成しました。このカマボコ兵舎は、戦後の米軍放出物資という歴史的な建造物として、今もその一つが当時のまま残されています。
この間、今田神父の熱意あふれる宣教により多くの人びとが、敗戦の失意からキリスト教に希望を見出だし、受洗へと導かれました。 今田神父は25年間在住の後、浅草教会に転任され、佐久間彪神父に引き継がれました。
佐久間神父は、第2バチカン公会議による大変革のときに、奉献文の翻訳や典礼聖歌の作曲選定の委員として、新しいミサの実践のために大活躍をされ、いち早く世田谷教会に浸透させていかれました。
2003年4月、佐久間神父は33年間の在任の後引退され、関根英雄神父に引き継がれました。
カマボコ兵舎は、歴史的な建造物というだけではなく、人々を迎える新たな場として生まれ変わろうとしています。
2006年、世田谷教会は、発足60周年を迎えます。