教会をたずねて
カトリック田平教会(長崎教区)
![]() 聖堂外観正面 |
![]() 聖堂前方 |
![]() 祭壇 |
![]() 祭壇正面 十字架 |
![]() 聖櫃(せいひつ) |
![]() 赤ランプ |
![]() 朗読台 |
![]() 聖堂内 み心のイエス像 |
![]() 聖堂内 聖母子像 |
![]() 十字架の道行き |
![]() ステンドグラス 受胎告知 |
![]() ステンドグラス 主の洗礼 |
![]() ステンドグラス 最後の晩餐 |
![]() ステンドグラス 復活のイエス |
![]() ステンドグラス |
![]() オルガン |
![]() 聖水入れ |
![]() 告解場 |
![]() 聖堂後方 |
![]() ルルドの聖母 |
![]() ルルド |
![]() 貝殻焼き場 |
![]() 聖堂建設50周年記念碑 |
![]() 聖堂 遠景 |
歴史と聖堂内部
カトリック田平教会は、所在地にちなんで瀬戸山天主堂とも呼ばれ、2003(平成15)年に聖堂は国の重要文化財に指定されています。
田平は、キリシタンたちが居住した地ではありませんでしたが、明治初期、禁教令の廃止後も迫害を受けていた五島などの信徒たちが、1886(明治19)年、外海(出津)のド・ロ神父や黒島教会のラゲ神父の勧めにより、この地に移住しはじめました。
その後、外海、黒島、五島、平戸からの移住者たちによって信徒の数は増えていき、1900(明治33)年ごろには仮聖堂が建てられました。さらに本格的な聖堂の建設に着工し、信徒は苦しい生活の中、資金を集め、大人から子どもまで総出で工事にあたりました。
1915(大正4)年から1918(大正7)年まで3年をかけて、中田藤吉神父の指導のもと赤煉瓦造りの八角形ドームを持つ重層屋根構成の聖堂が完成しました。設計施工は、九州の多くの聖堂建築にたずさわった「教会建築の父」といわれる鉄川与助氏によるものです。
アンジェラスの鐘はフランスから取り寄せたもので、聖書の物語を描いたイタリア製のステンドグラスが聖堂内をやさしい光で包んでいます。
この聖堂は重要文化財に指定されています。