教会をたずねて
カトリック芦屋教会(大阪高松大司教区)
聖堂前方 |
祭壇 |
祭壇十字架 |
聖櫃(せいひつ) |
朗読台 |
説教壇 |
聖堂内 マリア像 |
聖堂内 ヨセフ像 |
聖堂内 み心のイエス像 |
ステンドグラス |
ステンドグラスの光 |
十字架の道行き |
洗礼盤 |
聖水入れ |
オルガン |
告白場 |
聖堂後方 |
聖堂入り口のマリア像 |
歴史と聖堂内部
第二次世界大戦が終わって間もない1945(昭和20)年秋に、稲畑邸を仮聖堂として芦屋教会は発足しました。
1947(昭和22)年に、市から現在地を譲渡され、1950(昭和25)年には仮聖堂兼司祭館が設置されました。
1954(昭和29)年末ごろには、信徒数の増加によって仮聖堂では収容不能となり、翌年12月に新聖堂が竣工され、田口司教の司式で献堂式が盛大に行われました。
1956(昭和31)年に、教会記録として芦屋教会「季刊」の発行がはじまりました。「季刊」は、1958(昭和33)年には「暁鐘」と改称して発刊され、1962(昭和37)年には季刊誌20号が全国コンテストで佳作となりました。「暁鐘」は、1970(昭和45)年まで続きました。
1959(昭和34)年には、教会献堂3周年の記念ミサが行われ、翌年には、内海清芦屋市長が来訪されました。
1966(昭和41)年、献堂10周年の記念ミサが行われました。
1978(昭和53)年には、教会で熱心に活動が続けられたきたレジオ・マリエの男子レジオ「天使の元后」集会の1000回が記念されました。
1979(昭和54)年、信徒使徒職評議会が再発足され、教会活動の中心はレジオから信徒使徒職評議会へとかわっていきました。
1986(昭和61)年、教会献堂30周年の記念ミサが行われ、この時の信徒数は657名でした。
1995(平成7)年、阪神・淡路大震災が発生し、教会の被害は軽微でしたが、信徒7名が亡くなられました。3月には、芦屋教会で「大阪教区震災合同慰霊ミサ」が安田大司教の司式で行われました。
1996(平成8)年には、献堂40周年の記念ミサが行われ、シリア、ヨルダン、イタリアに記念巡礼が行われました。
2001(平成13)年、教会広報誌「プネウマ」が創刊されました。
翌年には、震災で両手首を消失した聖心のご像が修理され、元の姿に復旧されました。
2003(平成15)年には、献堂50周年実行委員会が発足し、翌年には「献堂50周年の祈り」が作成され、ミサで唱えられ、記念誌の編集や実行委員も選出され準備が続けられました。
2005(平成17)年には、教会50周年記念行事として、山口・萩・津和野への巡礼旅行も行われました。
2006(平成18)年、鐘楼の鐘がドイツから到着し、祝別と命名式が行われ、12月には池永大司教の司式で献堂52周年の記念ミサが執り行われました。
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