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聖書を読もう!

聖書各書のミニ知識

イザヤ書
「イザヤ書」の歴史的背景

イスラエルの救いの歴史は、出エジプトと呼ばれるエジプトからの解放と、それに伴うシナイでの契約にはじまります。この契約は神と人々との親しい交わりを約束するものです。シナイでの契約を伴って「十戒」が与えられます。これが後の律法の核となります。律法の中心は、神と、弱い立場にある人々を大切にすることですが、イスラエルの民は、自分が力をもってくると、この律法を軽んじはじめました。自ら神との契約を破棄し、救いを放棄するということを幾たびも繰り返したのです。そのような時に預言者イザヤは登場しました。

第1イザヤ書と言われるイザヤ書1~39章の書かれた預言者イザヤの時代は、どんな時代だったのでしょうか。

紀元前740年ころまで、北のイスラエル王国も南のユダ王国も強国アッシリアやエジプトの干渉を受けることなく平穏な時代が続いていました。国家の繁栄の中、人々の心はゆるみ、贅沢となり、結果として人々の心は信仰から遠ざかり、外面的には豊かであっても人々の心は危機をはらんでいたのでした。預言者たちはそれに警告を発したのでしたが、おごっている人々の心にそれは入りませんでした。

紀元前8世紀の中ころ、イスラエルの南北両王国は、古代オリエント一体をおさめつつあったアッシリア帝国の脅威にさらされることになりました。パレスチナ界わいは、北のアッシリアと南のエジプトの二大帝国間の戦争状態の時代でした。ですから二つの国に挟まれたパレスチナ諸国の受難の時代といえます。

アッシリアは、パレスチナ諸国の大部分を侵略し、これらの地域に住む民の入れ替えを行うことにより、反乱を防止し、人々は捕囚として他の国々に連れ去られたのでした。このような状況の中で北王国イスラエルの民は滅び(BC722年のサマリア陥落)、捕囚の民となったのです。

しかし、アッシリアはバビロニアによって滅ぼされ、バビロニア帝国はアッシリアの全領土を引き継ぐことになります。南ユダ国は、このバビロニアの3回にわたる侵略と捕囚により脅かされ、紀元前701年には、エルサレムは陥落寸前にまで至ったのです。

このような捕囚に至るまでの状況の中で神から召命を受けた預言者イザヤは活躍し、彼の行った預言が第1イザヤ書に書かれています。この第1イザヤ書は、正義と平和の福音と呼ばれています。

預言者イザヤは、紀元前770~760年に生まれ、「ウジア王の死んだ年」に預言者としての召命を受けました。その名は「主は救いである」という意味だそうで、名のとおり彼の預言の内容になっています。

※映画「十戒」:http://www.actv.ne.jp/~yappi/eiga/EA-01jukkai.html

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