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新世紀ルーツへの巡礼

目次

第2バチカン公会議の歩みの中で

3) 公会議の舞台裏


公会議に集まる司教たち

司教と話す創立者
司教と話す創立者

1962年10月、第2バチカン公会議のために、各地の司教たちがローマに集まってきていました。サン・ピエトロ広場とその周辺は、いろいろの肌の色の司教たちでにぎわっていました。

聖パウロ女子修道会会員たちは、公会議参加の司教たちのローマ到着に先立ち、各国に派遣されている会員から司教の宿所を訪問するようにとの連絡を受けており、多くの司教は、聖パウロ女子修道会の共同体との出会いを行い、使徒の女王大聖堂においてミサをささげました。彼らの多くが聖パウロ女子修道会会員たちを知っていて、総本院を訪ね、シスターテクラ・メルロに会いに来たのでした。

この出会いにおいて、すでにその教区で会員が働いているところの司教たちは、彼女たちのあいさつを届けてくださり、まだ会員の行っていないところの司教たちは、自分たちの教区への派遣を依頼されました。この司教たちとの出会いは、聖パウロ女子修道会会員にとって、カトリック教会の普遍性、ひろがりを体験する機会となりました。

同時に、司教たちをとおして世界の教会の貧しさ、経済的援助やキリストの教えを必要とする司教たちとの出会いともなり、彼女たちの新たな宣教熱を呼び覚ます時、それぞれの地域の文化の価値の自覚が彼女たちの間で熟するという機会ともなりました。

公会議の集会の裏には、多くの司教たちの知られない貧しさがありました。
司教たちの多くは靴を一足しかもっていないとか、ある人は10月の気候で、もう寒さで苦しむなどの状況がありました。シスターテクラ・メルロは彼らのために援助を惜しまず、必要なことは何でもしました。

シスター・ナザレナ・モランドは、その時のことを回想しこう言っています。

宣教地やいわゆる発展途上国からの司教が到着すると、シスターテクラ・メルロの最初の思いは、冬に十分暖かくするのに必要な衣類があるか、ということでした。
熱帯地域から来ている多くの司教たちは、当然、毛のものなどまったくもっていらっしゃいませんでした……。
毎週、2人の修道女は貧しい司教たちが宿泊している宿舎やホテルに車で行き、下着類を集め、それを洗濯し、アイロンをかけて間に合うように返しに行く、といったデリケートな世話にまで及んだのでした……これを、ずっと公会議開催中、毎週です。
彼らは帰国すると、私たちの修道女たちのところに行って、感謝し、彼女たちの総長がどれほど細やかに親切だったかを話すのでした。公会議開催中ずっと司教様たちへのこのお世話は続きました。

◆9--1 第2バチカン公会議


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