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教会カレンダー

C年 復活節第6主日

第1朗読 使徒言行録 15章1~2、22~29節

第2朗読 ヨハネの黙示録 21章10~14、22~23節

福音朗読 ヨハネによる福音書 14章23~29節


エルサレム会議

昇天と聖霊降臨を間近にひかえた教会は、聖霊の派遣についてのイエスの約束を述べます。
 「別れの言葉」の中で、イエスは5回にわたってこの約束を繰り返されました。今日の福音では、霊の働きは、「すべてのことを教え」、イエスの「話したことをことごとく思い起こさせ」ます。

聖霊は、キリストの言葉の真の意味を、時と状況に応じて理解させてくださいます。

「聖霊」と訳された言葉は、息吹、“気”の意味があります。
 この聖霊を祈り求め、聖霊を迎え入れる準備をしていきましょう。

* * * * * *

第1朗読では、激しい意見の対立と論争の中、分裂の危機に直面した初代教会が、聖霊に導かれ、一致を見いだしたことが述べられます。第1回公会議ともいわれる第1回エルサレム使徒会議のもようが伝えられています。

この会議の決定により、異邦人といわれていたユダヤ教徒以外の人々が割礼(かつれい)を受けることなく、教会に受け入れられるようになりました。

ここに述べられている初代教会の問題とは、イエスの教えが今までのユダヤ社会から異邦人の世界に拡がっていったときのことです。

新しい神の民にとって、旧約聖書、ことに律法はどういう位置づけにあるのか、今までの神の民と言われた人々と新しい民との関連は、旧約聖書の準備なしにキリストに従った人々との関係についてなどの論争、対立が起こってきたことです。

聖霊とわたしたちは、次の必要な事柄以外、
一切あなたがたに重荷を負わせないことに決めました。
すなわち、偶像に献げられたものと、血と、絞め殺した動物の肉と、
みだらな行いとを避けることです。
以上を慎めばよいのです。健康を祈ります。

この中身は、現在読む私たちにはピンとこないことかもしれませんが、当時の教会にとってはユダヤ教からキリストの道を見い出したキリスト者と、それ以外の人々とがどのように一つの交わりの中に生きられるのか、これらの対立からどう教会が一つのものとして統合されていくのかとの「福音か律法か」の論争であったのです。

このエルサレム使徒会議により、困難な問題が解決され、教会の危機が乗り越えられ、福音の自由と同時に教会の一致が確立されたことは、これから世界に大きく羽ばたこうとしていた教会にとって大きな出来事でした。この出来事は教会が諸国の扉を開いていく時の指針ともなっていきます。

使徒たちはこの決定が聖霊によるものと確信し、「聖霊とわたしたちは」という表現で明言しています。パウロがとった立場について、彼は手紙の中につづっています。

聖霊によって導かれ、聖霊が一つにしてくださるというこのプロセスは、いつの時代にも指針となる歩みです。今の時代において何が識別され、聖霊が導いておられることなのでしょうか。

* * * * * *

第2朗読では、キリストの輝きで照らされた聖なる都エルサレムについて描写します。聖なる都エルサレムとは、神の栄光を具現した都です。

古いエルサレムでは神殿、特に至聖所が神の現存の場でしたが、完成された神の国には神殿がありません。「主と小羊とが都の神殿」であり、神ご自身がそこに住まわれ、小羊と小羊の血によって贖われたすべての人が聖霊の神殿なのです。

この都は、神の民の都、旧約の民に限定されない諸国から呼び集められたイエス・キリストの集まりです。

ヨハネは「この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない」と、「ない」という否定的な表現で、そこに存在しないことを列挙することにより、新しいエルサレムの完成を表現しようとしています。

今日で黙示録の朗読は終了しますが、黙示文学には、そこで用いられているシンボルや旧約とのつながり……、そして現在生きている私たちへの関わりなど、やはり手引書をもとに読んでいくと、より理解できるので手引書をこの機会に読まれることをおすすめいたします。

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ヨハネ福音書はイエスの長い「別れの言葉」(13~17章)を伝えています。これは3部に分けられますが、今日読まれる箇所はその第1部の最後の部分にあたっています。

イエスは今日の最初の節で、ご自分の死の意味を説き明かし、ご自分を愛する人のおかれる立場について述べています。

* わたしの言葉を守る
* わたしの父はその人を愛される
* 父とわたしとはその人のところに行く
* 一緒に住む

父のもとに戻られるイエスは、再び父と共に弟子のところへきて住まわれます。イエスの死はそのための準備なのです。

イエスのこの約束は信頼に値します。
 「あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである」とあるように、イエスが弟子たちに向けて語られる言葉は、イエスを遣わされた方の言葉で、イエスが約束されたことは神の約束であり、それは必ず実現するからです。

イエスは、弟子たちに「弁護者」の派遣を約束されます。それは、「父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊」についてです。この方は、弟子たちに「すべてのことを教え」イエスが話されたことを「ことごとく思い起こさせてくださる」方です。

さらに、イエスは「平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える」と神からの平和を約束されます。

心を騒がせるな。おびえるな。……
事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、
今、その事の起こる前に話しておく。

イエスと共に過ごした時には、イエスの存在は弟子たちを支えてきました。わからない時にはイエスに直接尋ねればよかったのです。しかし、イエスが彼らのもとから去っていきます。イエスは彼らの心を察しておられるのでしょう。「心を騒がせるな。おびえるな……」と言われます。そして弁護者の派遣、平和……を約束されます。これから弟子たちが体験する闇を生き抜くために与えられるたまものです。

「事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと」語ってくださった言葉です。なんとやさしい、慰め深いイエスの言葉でしょう。

このイエスの言葉をかみしめながら、イエスに心を開いていきましょう。これからは聖霊が「すべてのことを教え」導いてくれるのです。

祈り

主イエスの父である神よ、
  あなたはみことばと聖霊によってわたしたちの内に来られ、
  いつもともにいてくださいます。
  ここに集うわたしたちの心をキリストの平和と喜びで満たしてください
   集会祈願より

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第1朗読 使徒言行録 15章1~2、22~29節

ある人々がユダヤから下って来て、
「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、
あなたがたは救われない」と兄弟たちに教えていた。

それで、パウロやバルナバとその人たちとの間に、
激しい意見の対立と論争が生じた。
この件について使徒や長老たちと協議するために、
パウロとバルナバ、そのほか数名の者がエルサレムへ上ることに決まった。

そこで、使徒たちと長老たちは、教会全体と共に、自分たちの中から人を選んで、
パウロやバルナバと一緒にアンティオキアに派遣することを決定した。
選ばれたのは、バルサバと呼ばれるユダおよびシラスで、
兄弟たちの中で指導的な立場にいた人たちである。

使徒たちは、次の手紙を彼らに託した。
「使徒と長老たちが兄弟として、
アンティオキアとシリア州とキリキア州に住む、
異邦人の兄弟たちに挨拶いたします。

聞くところによると、わたしたちのうちのある者がそちらへ行き、
わたしたちから何の指示もないのに、いろいろなことを言って、
あなたがたを騒がせ動揺させたとのことです。

それで、人を選び、わたしたちの愛するバルナバとパウロとに同行させて、
そちらに派遣することを、
わたしたちは満場一致で決定しました。

このバルナバとパウロは、わたしたちの主イエス・キリストの名のために
身を献げている人たちです。

それで、ユダとシラスを選んで派遣しますが、
彼らは同じことを口頭でも説明するでしょう。

聖霊とわたしたちは、次の必要な事柄以外、
一切あなたがたに重荷を負わせないことに決めました。

すなわち、偶像に献げられたものと、血と、絞め殺した動物の肉と、
みだらな行いとを避けることです。
以上を慎めばよいのです。健康を祈ります。」

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第2朗読 ヨハネの黙示録 21章10~14、22~23節

この天使が、“霊”に満たされたわたしを大きな高い山に連れて行き、
聖なる都エルサレムが神のもとを離れて、
天から下って来るのを見せた。

都は神の栄光に輝いていた。
その輝きは、最高の宝石のようであり、
透き通った碧玉のようであった。

都には、高い大きな城壁と十二の門があり、
それらの門には十二人の天使がいて、名が刻みつけてあった。
イスラエルの子らの十二部族の名であった。

東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。

都の城壁には十二の土台があって、
それには小羊の十二使徒の十二の名が刻みつけてあった。

わたしは、都の中に神殿を見なかった。
全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。

この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。
神の栄光が都を照らしており、 小羊が都の明かりだからである。

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福音朗読 ヨハネによる福音書 14章23~29節

イエスはこう答えて言われた。
「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。
わたしの父はその人を愛され、
父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。

わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。
あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、
わたしをお遣わしになった父のものである。

わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。

しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、
あなたがたにすべてのことを教え、
わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。

わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。
わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。
心を騒がせるな。おびえるな。

『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』
と言ったのをあなたがたは聞いた。
わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。
父はわたしよりも偉大な方だからである。

事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、
今、その事の起こる前に話しておく。

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