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新世紀ルーツへの巡礼

目次

最後の奉献

3)1963年の旅行

タラップから降りる創立者


タラップから降りる創立者

1963年、バチカン公会議第1期と2期の間、教皇ヨハネ23世の病と死、新教皇パウロ6世の選出までの間、公会議が中断されたいた時に、アルベリオーネ神父は世界に散在しているパウロ家族を訪問するという計画を立てました。その旅は、使徒的な旅、都市から世界規模への旅でした

東洋への旅東洋への旅

その旅のはじめは東洋でした。2月4日から4月4日までの間に、インド、日本、韓国、フィリピン、オーストラリアを訪問しました。
この旅が、東洋での旅の最後となりました。

最後の日本訪問

日本で日本で

1963年3月、アルベリオーネ神父は東京、大阪、福岡、東京そして韓国への訪問となりました。

大阪では、聖パウロ女子修道会の新しい修道院の敷地について検討している時でしたので、アルベリオーネ神父に相談し、彼の勧めに従って園田の土地を購入することになりました。神戸の修道院の購入も困難でしたが、アルベリオーネ神父が「このあたりの土地を見つけなさい」と勧められ、その勧めに従って動いた所、市役所の前の土地を入手することができました。
その後、福岡を訪問し、韓国に向かいました。

その時の状況については、パガニーニ神父の証言をご紹介しましょう。

同じ年の4月にはヨーロッパのいくつかの共同体を、6~7月にはチリ、アルゼンチン、ブラジル、ベネズエラ、コロンビア、メキシコ、ポルトガルを、8~9月にはアメリカ合衆国、カナダを精力的に訪問し、ローマに到着したのは、9月16日でした。

この旅行でアルベリオーネ神父に接する人には深い感銘を与え、パウロ家族のメンバーにはいろいろのサジェスチョンを与え、霊的な指導をし、パウロの使徒的熱性を呼び起こしました。

◆10-2 最後の奉献


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