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新世紀ルーツへの巡礼

目次

4--3 師イエズス修道女会 認可への道 2

3) 教皇による法的認可とジャッカルド神父の奉献

ジャッカルド神父肖像画

第二次世界大戦終結後3年目に当たる1948年1月12日、ジャッカルド神父たちによる働きと努力が実って、教皇ピオ12世は師イエズス修道女会を教皇による法的認可修道会に昇格させました。その時52歳であったジャッカルド神父は、この喜ばしいニュースを聞いて大いに満足しましたが、この日が彼の最後のミサとなりました。このことは後でくわしく述べることにします。

第二次世界大戦終結後3年目に当たる1948年1月12日、ジャッカルド神父たちによる働きと努力が実って、教皇ピオ12世は師イエズス修道女会を教皇による法的認可修道会に昇格させました。その時52歳であったジャッカルド神父は、この喜ばしいニュースを聞いて大いに満足しましたが、この日が彼の最後のミサとなりました。このことは後でくわしく述べることにします。

第二次世界大戦終結後3年目に当たる1948年1月12日、ジャッカルド神父たちによる働きと努力が実って、教皇ピオ12世は師イエズス修道女会を教皇による法的認可修道会に昇格させました。その時52歳であったジャッカルド神父は、この喜ばしいニュースを聞いて大いに満足しましたが、この日が彼の最後のミサとなりました。このことは後でくわしく述べることにします。

シスターマリア・スコラスチカは、修道会が教皇による法的認可を受けたことに対し心の底から感謝しました。彼女はこのために祈り、主が彼女に示されたことに従うことによって貢献したのでした。

彼女は、待っていた認可の知らせをミラノで受け取りました。その時の彼女の気持ちを書き記し、総長シスターマリア・ルチアに送っています。

私たちの魂からほとばしりでる喜びは、まるで夢のようです。なんという恵みでしょう!
今夕、私たちは心から力いっばい声を限りに、テ・デウム(賛美の賛歌)を歌いました。
主は特別の愛を私たちに示されました。
私たちも将来のために良い決心を立てるだけでなく、それに応えなければなりません。
それは神の恵みの助けによってできることですが、主の愛の招きに素直であること、私たちのすべてのマードレ(上長のこと)の望みに従って主の望みを素早く寛大に行うこと。

1924年2月10日、アルベリオーネ神父により選ばれた8人によって、師イエズス修道女会最初のグループの基礎が形成されてから24年の歳月が経っていました。

ジャッカルド神父のいのちの奉献

ジャッカルド神父の生家
ジャッカルド神父の生家"

『今こそあなたはこの僕を安らかに去らせてくださいます(ルカ2.29)』との賛歌は、シメオンが幼子イエスと出会った時に述べた言葉です。彼はこのイエスの背後にイスラエルの民に慰めを与えられる救い主、すべての人に与えられる救いをみていました。そして、この神の救いを確信して、救いが現実になる前に「安らかに」去ることができるとほとばしり出た言葉です。このシメオンの賛歌をジャッカルド神父は、師イエズス修道女会の認可の時に祈っています。

師イエズス修道女会の使命が、新しい時代に必要不可欠なもの、神のみ心であると確信していたジャッカルド神父は、教会の中で一つの独立した修道会として彼女たちが「生を受けられる」ようにと、みずからのいのちを奉献しました。この奉献は神から受け入れられました。

修道会が教皇直轄修道会として認可された1948年1月12日、ジャッカルド神父はその生涯の最後のミサをささげていますが、それは彼の死の12日前でした。

苦しみあえでいたジャッカルド神父は、全力を尽くして最後のミサをささげました。ミサが終わってから彼の部屋のべットに伴われましたが、そこから再び起き上がることはできませんでした。

正午ごろ、聖パウロ会司祭、アルド・ポッジ神父が修道会聖省から、直前に伝えられた「決定推薦状」を携えて面会に来ました。師イエズス修道女会が教皇直属の修道会として受け入れられた知らせでした。

ジャッカルド神父は沈黙のうちにこれを受け取り、そこに居合わせた師イエズス修道女に急いでアルバにいる総長に電報を打つように促しました。

1948年1月24日、13時30分、ローマの聖パウロ会総本部において、ジャッカルド神父は急性白血病のため息を引き取りました。

ジャッカルド神父は、聖パウロ会員の最初の司祭であり、創立者アルベリオーネ神父の忠実な協力者、最初の副総長であり、パウロ家族の創立の歩みを助けました。

彼の生涯は、師イエズス修道女たちが、聖体、司祭職、典礼に奉仕する修道女であり、聖師キリストへの奉献のため、新しい固有の生活を生きるためにささげられたのでした。

この日、シスターマリア・スコラスチカは、創立者アルベリオーネ神父から修練長としてアルゼンチンに赴くようにとの通知を受けとりました。

敬愛するシスターマリア・スコラスチカ、
あなたのお手紙に感謝します。聖師が私たちの導き手となりますように!
今、修道会は認可されました。
私たちは、修道会に受け入れた人を選択し、十分に養成する必要があります。そのために準備され、教育された修練長も必要であり、あなたは、その1人です。
そこで、あなたがアルゼンチンに赴き、この任務を引き受けてくれるようお願いします。そこには、非常に善良な院長シスターマリア・ピアがいます。

数年後、シスターマリア・スコラスチカは、ローマで行われた第1回総会に参加した後、アルゼンチンに出発しました。

1948年2月27日、ローマでアルベリオーネ神父は、師イエズス修道女会のシスターに向けて黙想をし、次のように語っています。

師イエズス修道女の皆さん、師が教えられたように行い、聖師に忠実に、あなたたちの全生涯をかけて従いなさい。
私たちの中に聖師の心と精神が生きていることをわきまえなさい。彼は絶えず生き続けておられます。

◆4--3 師イエズス修道女会 認可への道 2


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