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アレオパゴスの祈り

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アレオパゴスの祈り 2017年 8月 5日


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 ベゴニア


日本の教会では、広島に原爆が投下された8月6日から、長崎への原爆投下の日をはさみ、日本のポツダム宣言受諾によって、太平洋戦争(第二次世界大戦)が終結した15日までの10日間を、「日本カトリック平和旬間」として、平和のために祈ります。わたしたちもこの意向に合わせ、「主の祈り」の後半部分にあたる、「わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします」の箇所をごいっしょに祈ってまいりましょう。

御聖体のうちにおられる主のみ前で過ごすこの時間、わたしは特にどんな恵みを願いたいでしょうか。また、祈りを必要としている人々を父である神の御手にゆだねて、しばらく思い起こしましょう。

(沈黙)

お祈りしたい意向を主のみ前に差し出して、ローソクをささげましょう。

聖書のことばを聞く前に、この祈りの時をよく過ごすことができますようにと願って、歌いましょう。

『平和を祈ろう』 No.93 「心のとびらを」

詩編25のことばに耳を傾けましょう。(詩編25.1、4~11、16~22)

神よ、わたしは心を込めて あなたを仰ぐ。
神よ、あなたの道を示し、その小道を教えてください。
真理のうちに わたしを教え導いてください。
あなたはわたしの救い、いつの日も、わたしは あなたを待ち望む。

神よ、あわれみを思い出してください。いつも変わらぬいつくしみを。
若いときの罪とあやまちに心を留めず、
いつくしみ深く わたしを思い出してください。

神はあわれみ深く正義に満ち、罪びとに道を示される。
神は貧しい人を正義に導き、謙虚な人に その道を授けられる。
契約とさとしを守る人に、神への道は いつくしみとまことにあふれる。
神よ、わたしの罪は大きい。あなたのいつくしみによって、ゆるしてください。

神よ、わたしは ただひとり苦悩の中。わたしを顧み、支えてください。
わたしの悩みをやわらげ、苦悩のふちから救ってください。
あえぎ苦しむわたしを顧み、すべての罪をゆるしてください。
わたしのいのちを守り、わたしを救ってください。
あなたに寄り頼むわたしが、恥を受けることのないように。
とがなく正しく生きるように守ってください。わたしはあなたを待ち望む。

神よ、すべての苦悩から、イスラエルをあがなってください。

(沈黙)

今、聞いた詩編25は、悩みを抱え、罪に苦しむ人が、神のゆるしを求めて祈る姿を描いています。詩編作者は、「神よ、わたしの罪は大きい」と自らの姿を認めつつも、神が「あわれみ深く正義に満ち」、いつくしみ深い方であることに信頼して、ゆるしを願っています。  『カトリック教会のカテキズム』の中で、罪とは、「人間が、神よりも自分自身を優先させ、神に逆らうこと」と説明されています(No.398 参照)。創世記のはじめに、アダムとエバの話が出てきますが、アダムは、食べてはいけないと言われていた「善悪の知識の木」から実を取って食べてしまいます。その後、恐ろしくなり、隠れていたアダムに向かって、神はおっしゃいます。「お前は女の声に従い、取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ」(創世記3.17)。アダムとエバの話は、寓話のスタイルを取っていますが、罪について、とてもよく表現されています。アダムは、エデンの園から追放され、以前の恵みの状態を失ってしまいます。罪によって、人間はいのちの源である神から離れ、また他の被造物との関わりも断つという状態に陥ってしまいます。歴史の中で、イスラエルの民は神に導かれながらも、神にたびたび背いてきました。しかし、神は民を見捨てることはありませんでした。罪を犯した人間は、自らの力によって、もう以前の恵みの状態に戻ることができません。神からの和解、ゆるしがなければ、人は神との本来の親しい関係を取り戻すことはできないのです。しかし、その本来の関係性を取り戻そうと、神はイエス・キリストの十字架上の奉献によって、決定的なゆるしを与えようとお望みになったのです。  わたしたちはいつも「間違う」という可能性を持っています。「間違いを犯さない」のはただひとり、神だけです。わたしたちには、「ゆるし」が絶対的に必要であり、それは大きな真理であると言えるでしょう。「罪」という「間違い」によって、わたしたちは、神からの「ゆるし」、そして人からの「ゆるし」を絶対的に必要としています。そのことを思い起こしながら、しばらく沈黙のうちに祈りましょう。

(沈黙)

日々、わたしたちを養ってくださる天の御父に感謝し、弱さのために御父のみ旨を生きることができなかったことに対して、ゆるしを求めて祈りましょう。
『パウロ家族の祈り』p.37 「神のゆるしを願う祈り」。
   いつくしみ深い父よ、
   あなたは、御ひとり子をお与えるになるほどわしたちを愛し、
   その受難と死と復活によって、
   あなたのいのちにあずかることができるようにしてくださいました。
   しかし、わたしは自分中心に生きてあなたの愛に背き、
   あなたと兄弟に対して罪を犯しました。
   どうか聖霊を豊かに注いでわたしの罪をゆるし、回心の恵みをお与えください。
   これからはキリストに従って生きる者となり、
   真の愛を実践することができますように。アーメン。

「医学博士、聖路加国際病院名誉院長として活躍され、今年の7月18日に105歳で帰天された日野原重明さんは、特別な思いで、平和のためにも活動しておられました。日野原さんの著書、『いのちの使い方』からの引用を聞きましょう。

 広島・原爆ドーム
広島・原爆ドーム


100歳からの世界平和作戦

今、僕が一番の目標に掲げていること、それは世界平和の実現です。100歳にして、平和運動にたどり着いたのですね。医者は、日々いのちと向き合う職業です。ひとりでも多くの人のいのちを救うことを仕事にしている者が、戦争に反対し、平和運動に向かうのは、必然の流れと言えるでしょう。

日本国憲法の第9条は、「戦争の放棄」「交戦権の否認」、すなわち「国際平和の誠実な希求」を掲げています。もし国会で憲法改正が決まったとしても、国民投票で全国民の半分がNOと言えば、改正はできません。それで僕は、「いのちの授業」で子どもたちにいのちの尊さについて話して聞かせ、人と人とが殺し合い、多くの人のいのちが無駄に失われる戦争は二度と起こしてはいけない、と訴えているのです。

今の大人が平和な世界を実現することには全く期待できません。第二次世界大戦が終結してから半世紀以上が過ぎ、今世紀を迎えたとたん、アメリカで同時多発テロ事件が起き、アメリカはそれに対して報復行動に出ました。恨みに対して恨みで応える連鎖反応を大人たちが続けている結果、多くのいのちが犠牲になっています。

そこで僕は、逆転の発想をしたわけです。大人がだめなら、子どもたちが未来の平和をつくればいい、と。究極の呼びかけは、「相手をゆるしましょう」ということです。「ゆるす」ということは最も難しい行為ですが、その行為を選ぶことにより、相手とともに歩むことができるようになると僕は思います。もちろんその裏では、血のにじむようなつらい悲しい思いに耐えなければならないかもしれません。しかも、「ゆるす」行為を決断することは、相手に要求するものではなく、「相手より先に自分が変わる」「まず、自分から変わる」という行動を取ることでもあります。僕は思うのです。人は「ゆるす」という勇気ある行動を選んだとき、そこにだれにとっても本当の安らぎがもたらされるのだと。

子どもたちに未来の平和を託そうというこの運動は、実を結ぶまでに長い時間がかかるかもしれません。それでも僕は、日本の子どもたちが平和な未来の担い手になってくれる夢をあきらめていません。

日本が武器を持たない平和国家として世界平和の先駆けとなることを、僕はいのちの許す限り、目指していきたいのです。
      (日野原重明著『いのちの使い方』小学館刊 より)

しばらく、沈黙のうちに祈りましょう。

(沈黙)

わたしたち一人ひとりが、与えられた場で平和の道具となることができますようにと願って歌いましょう。

『平和を祈ろう』 No.60「わたしたちの平和―キリスト」② ⑥

この地上にまことの平和が実現しますようにと願って、主の祈りをごいっしょに唱えましょう。
   天におられる・・・

祈りましょう。
正義と平和の源である神よ、あなたはわたしたちの弱さを裁くのではなく、ゆるし、ご自分のもとへ招いてくださいます。世界を悪の力から守り、お互いをゆるすことをわたしたちに教えてください。また、すべての人があなたの子どもとして平和のうちに生きることができるよう、わたしたちもできることを苦しんでいる兄弟姉妹たちのためにささげることができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

父と子と聖霊のみ名によって。アーメン。

これで今晩の「アレオパゴスの祈り」を終わります。



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